同僚との雑談
「荻原さん、今いいかな」
真紘がすみれにデスクまで来た。
「はっ、はい。」
びっくりした。
声をかけられるまで、真紘だと気づかなかったから。
「去年得意先に配ったノベルティなんだけど、詳細ってどこかに残ってる?」
「はい。欲しいのはプリントのデータですか?単価?発注先?」
「あー、発注先と見積もりを参考にしたくて」
「わかりました、見積書と詳細…を、今、高藤さんにメールしました」
タタタと手早くデータを添付して送信をした。
“杉下さん”ではなく“高藤さん”と呼ぶのにも、慣れてきた。
「ありがとう。荻原さん、仕事早くて助かる」
真紘の左薬指に光るシルバーを見て、よかったなあと思っている自分に驚く。
「そうだ、この前高校の野球部のOB会で集まったんだけどね。」
「えっ、ああ、はい」
仕事の話で終わるかと思いきや、真紘が口を開いた。
「体育の井場先生、わかる?結婚したんだって」
「えっ!?あの熱血ゴリラ」
高校の頃の熱い体育の授業を思い出していると、真紘がふき出した。
「あはは、荻原さんの口からそのあだ名聞けると思わなかったー!」
「だ、だって、みんなそう呼んでたから…」
「ははは!あーおっかし。うんうん、オレの代もみんなそう呼んでたよ。でもさあ」
真紘がお腹を抱えて笑うから、すみれもつられて笑ってしまった。
まさか、真紘とこんな風に笑える日が来るとは夢にも思わなかった。
緊張もせず、ただの同僚との雑談。まさか、あの真紘と。
きっと、こんなの出来なかった。
あんなに大泣きしてなかったら。
ちゃんと真紘と話をしていなかったら。
理人がいなかったら。
考えなきゃいけないことが、あった気がするのに、なんだか気分が軽くなった。
やっぱり、真紘のことは過去にできているみたいだ。
あんなに苦しくて焦がれていたのが嘘みたいに、心が凪いでいる。
理人に、伝えなきゃ。
もう大丈夫ですって。
…すきです、って。
そうしたら、喜んでくれる?
照れ笑いしてくれる?
驚くかな。
困った顔かな。
週末が待ち遠しい。
理人の反応を想像して、すみれは鼻歌でも歌いたい気持ちで午後の仕事を片付けた。




