総務部の日常
総務の仕事は多岐にわたる。
総務部二課は備品や情報管理や集計が主だが、問い合わせや書類の仕分け、会議の資料作りなどの雑務もあり、他部署との連携も多い。
大学の在学中に取った資格やら、事務のバイトやらが評価されたのか、新卒で総務部二課への配属となったのだろう。
幸い、人の名前と顔を覚えるのは得意で、雑務をこなすのも嫌いじゃない。
営業部の真紘とも、集計業務や何やらで顔を合わせることもあった。
「荻原さん、去年のデータってどこにあるかわかる?ごめんね忙しいのに」
「はっ、はい、メールで送りますね!」
「オレの社内アドレス、m.sugishita…あ、名刺あげればいいね。これです!」
「ぁ…アリガトウゴザイマス…」
まさか社内名簿見て暗記してますとも言えずに、名刺はいただいた。大事にデスクに仕舞った。
本人がくれたんだし。絶対悪用しないし。持ってるだけ。持ってるだけです。
と言い訳しつつ、心の中で謝った。
ただ見ていた頃では考えられないくらい近くて、たまに名前も呼んでもらえて舞い上がるほど嬉しい。
隣のシステム部の川嶋翠と同期で仲がよいらしく、よく話しているのを見かける。
高校生のとき本に隠れてそうしていたように、パソコンに隠れて遠目に見つけるのが楽しみになっていた。
◇◆◇
「荻原さん、そっち終わった?」
「はっ、はいっ」
猫っ毛の黒髪をきっちり1つにまとめて、銀縁の細くて丸いフレームのメガネ。
身長は中学生からほとんど伸びず、小さいまま。
母子家庭で、忙しい母親を支えようと身の回りのことも家事も手伝っていて、今に至る。
「じゃあ月末の締め作業教えるから」
「よろしくお願いします」
軽そうな雰囲気と裏腹に、理人…課長である三浦理人は仕事も教え方も丁寧だった。
タスクの管理だけは厳しかったが、それ故にすみれも自分の仕事の進捗がわかった。
戸惑っているとすぐ気付いてフォローしてくれるし、理不尽なクレームの電話はすぐ代わってくれる。
すみれが入社した直後は、総務部はバタバタしていた。
急な退職者と、産休が前倒しになったり、パワハラで課長が左遷されたり…
聞いただけだが、すみれが入社するまではなかなかだったらしい。
肩書きだけと本人は言うが、5年目で課長を任されるのは信頼故だろう。
よく他の部署や他の支店へ電話をかけていろいろ聞いていた。
きっと手探りだったのだろう。
それなのに、苛立った姿を見たこともないし、優しい上司だ。
「ねぇ理人聞いてー!彼氏がね!」
「理人くん、ちょっと相談なんだけど」
「今日女子会やるけど理人もくるー?」
「ねね、この前話してたスイーツ買ってきたよ!理人にもあげる。相談乗ってもらったお礼」
通る人通る人、理人に声をかけて行く。
よく廊下でこっそり相談されているのも見かける。
女性とばかり親しいと反感を買いそうなものだが、不思議とやっかまれてもいなさそうだ。
女友達のように、女子に囲まれてお喋りに興じているのが違和感ないタイプ。
「荻原さん、お菓子もらったけど食べない?」
「えっ、でも、それ並ばないと買えないやつ…」
理人がもらったのだからと断ろうとすると、やんわりと押し切られる。
「うん、独り占めしたらバチ当たりそうだから一緒に食べて」
「…イタダキマス。」
すみれが甘いもの好きだとわかると、何かにつけてお菓子を分けてくれるようになった。
そんなことしなくても、仕事はちゃんとやるのに。
…いただくけど。
通った鼻張、柔和な顔立ちで、中世的な雰囲気。外見も立ち居振る舞いも男性なのだが、不思議と。どことなく。
パーマのかかった髪をきっちりセットして、ジャケットはあまり着ているのを見ないがネクタイがいつもおしゃれ。
両の目の下のホクロがチャームポイント。
…だとすみれは思っている。
仕事ができて信頼が厚くて面倒見がよくて、優しくて。
背が低いから見栄を張って少し高いヒールを履いているけど、会議室へのちょっとの移動もすみれに歩調を合わせてくれる。
早歩きも小走りもできるのに、理人はいつもゆっくり。
「遅くなったし、夜どこかで食べていく?ご馳走するよ」
「いえ…帰って食べるのでお気遣いなく」
「気を付けて帰ってね。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
仕事でなかったら、すみれとは関わることのないタイプの人だ。
仕事も大変といえば大変だが、残業も苦になるほどじゃないし、いい人の下で働かせてもらえてなかなかラッキーである。