お似合いの2人
入社して3回目のバレンタインも、なんとなく用意して、当たり前に理人にあげてしまった。
実を言うと、チョコを買うときチラッと理人の好みを思い出してしまった。
真紘の好みなんて、知らないし。
何やっているんだろう。
ズルズルと甘えてしまっている。
「あ、荻原さん、ちょっと聞きたいんだけど」
「はっ、はいっ!」
ある日、真紘がすみれのデスクまでやってきた。
それは珍しいことではない。
営業部との細かい連携のこともあれば、書類どこからダウンロードするのかみたいなちょっとした質問のこともある。
今連携してたことは何かあっただろうか。
頭の中でいくつか候補を出していると、真紘の次の言葉で完全にフリーズした。
「苗字変わる場合って、手続きどうしたらいい?」
「え…?」
苗字。苗字?
まさか。それって。もしかして。
キーンとかき氷でも食べたように頭が痛んだ。
「杉下、結婚するんだって?」
「はい、そうなんです」
通りかかった隣の部署の部長が真紘に声をかける。
今朝、物言いた気だった理人の表情がぼんやり思い出されて。
これのこと言いたかったのかな、優しいなと、全然回らない頭なのに、それだけは呑気に考えていた。
「男が苗字変えるなんてなー時代だなー」
ワハハと笑う部長の声が遠くに聞こえる。
ああほら、真紘が部長と話し終えてこちらを向く前に、動かなきゃ。
そうそう、改姓手続き。わかる。手続きのやり方も出してもらう書類も。
もう何回もやっているもの。
ああでもそっか。あの仲の良かった2人は結婚するのね。
お似合いだな。
変わらず幸せなんだな。
…あ、泣きそう。ダメなのに。
「荻原さん、急ぎでこれ頼まれて」
パシッと書類の束をオデコに受けて、潤んだ視界が遮られる。
「資料室から探してきといて。会議で使いたくて急ぎなんだよね。」
「お、オーボー…」
書類をオデコに当てたまま、受け取り、なんとか言い返す。
声の主が誰なのかなんて、確認しなくたってわかる。
「杉下くんは何か手続き?」
「そうそう、すみません、マニュアル見てもわからなくて。」
「じゃあこっちで受けるよ。」
「ありがとうございます」
「これ人事部の仕事なんだけどねー」
「すみません、つい」
そんな会話を聞きながら、そそくさと総務課の部屋を出て資料室で一息ついた。
「…助かっちゃった」
あそこで泣いていたら、真紘どころか、全員に恋心が知れ渡ってしまうところだった。
…いや。
理人がいつか教えてくれた通り『高校の頃から知ってるお2人なので感極まってしまって』と言ったら、おそらく切り抜けられただろう。
たぶん、今のすみれなら、それが言えた。
渡された資料を見てみると、急ぎでも何でもない、来月の経営企画会議の資料だった。
総務部以外も開ける電子データだから、検索したらすぐ見つかるのに。
理人には、バレバレのようだ。
「ふふふ」
過保護だな。
さっさと振られろなんて言うくせに、こうやって優しいのだ。
◇◆◇
「ありがとうございました」
「何がー?ああ、書類ありがとう」
就業間際、経営企画部の理人のところへ先ほどの書類を持って行った。
お礼も兼ねて、仕上げ済みだ。
「理人さん、もう終わります?」
「うん、もうちょっと」
「飲みにいきませんか?」
ちょっと、飲みたい気分だった。
やけ酒ではなくて、うまく言えないけど、もうちょっと前向きな感じ。
「…うん。これだけやったら」
それは、紛れもなく理人のおかげだから。




