にゃんこのマカロン
「理人さん異動なんですね…」
「うん、理人くん元々経営企画部から手伝いに来てくれてたんだよね。総務がアレだったから」
「そうなんですね…」
入社から共に頑張ってきた上司の異動にショックを受けていると、若菜が教えてくれた。
「寂しくなるねぇ?」
「寂しいですね」
すみれも一通り仕事は覚えたつもりだが、理人の下だから気負わずできたのに。
若菜は意味ありげにニヤニヤしていたが、すみれは気落ちして気づかなかった。
このフロアは、比較的重要な情報を扱う部署が集まっている。
特に経営企画部は、ガラスで仕切られていて、遠い。
一応立ち入り禁止ではないし、すみれも何度も足を運んではいるが、仕事であればだ。
ふらりと顔を出すには敷居が高い。
◇◆◇
「荻原さん、理人くんからも話は聞いてます。ここのルールもあると思うから、僕にもいろいろ教えてくださいね」
「きょ、恐縮です…よろしくお願いします。」
理人の後任の山岸課長は、朗らかなおじちゃんだった。
なかなかやり手だそうだが、そんな人がなぜ課長なのかというと、業務改善を本社であるここでやって、各支店に展開する構想らしい。
そんなすごい人にこう言われて震え上がった。
「ふ、不安です…」
「大丈夫だよ、荻原さん総務で一番仕事できるし」
「そ、そんなことないですっ!それっ!山岸課長に言ってないですよね!?」
「言った。」
「ひぇっ」
理人に不安を吐露すると、ケロッとそんなことを宣い、すみれは青くなった。
「もうおれが教えられることはないよ」
「そんな…」
「信頼されてるし、資料の保管場所と情報の管理はピカイチ。苦手だったタスク管理もできるようになってるし、実務はおれより早いでしょう。」
まだまだ教わることはあるのだが。
目の前の作業に熱中してしまう癖があるが、タスクとして優先順位を決めて取り組むのは理人に教わったし、2年かけてそれなりにできるようになっていたと思う。
「でも…」
「おれ、嘘は言わないよ」
「…はい。」
理人にそう言われては、すみれは何も言えない。
2年間一緒に仕事をしてきて、それは嫌というほど知っている。
言葉を選んでいる間、理人は待っていてくれる。
「…わたし、理人さんがいてよかったです」
「ーーーっ、…ありがとう。」
性格的に投げ出すことはなかっただろうが、それくらい理人の存在は大きかったのだと思い知った。
「あー、っと…山岸さん優しいし、経営企画部はすぐそこだから、困ったらいつでもおいで」
「はい!」
頑張りますと、すみれは手を握りしめた。
理人と話していたらちょっと落ち着いた。
引き継ぎで仕事も多いだろうに、こうやって時間をとってくれるのがありがたい。
「それより、はい」
「えっ!?なんですか急に」
差し出されたパステルカラーの紙袋に戸惑った。
お餞別なら、あげる側のはずだ。
理人は紙袋を差し出したままクスクスと笑う。
「今日は何日?」
「3月14…えっ」
驚いて理人の顔を見上げる。
だってあんな、渡せなかった余り物みたいなチョコを引き取ってもらっただけなのに、お返しなんて頂けない。
「えっ、あの、でも、あれは…」
「うん、もらったことに変わりはないからさ」
「でも」
「マカロン、好きでしょう。ほら。受け取ってもらえないとおれも悲しいよ」
“おれも”なんて言い方は、意地悪だ。
「…アリガトウゴザイマス…」
理人の差し出した紙袋を両手で受け取った。
にゃんこのキャラクターが描かれていて、マカロンにもにゃんこの印字されているらしい。
「にゃ、にゃんこかわいい…」
「お気に召したようで何よりです」
たくさんもらってるだろうに、こんな立派なものもらっていいのかなと恐縮してしまう。
目を細めて、その下のホクロがやっぱりキュート。
仕事の不安ももちろんあるが、間近でこうやって見る機会が減るのは、ちょっと寂しい気がした。
初めて、弟以外の男の人からホワイトデーをもらったのだった。




