一途な想い side 理人
「ハギ…オギかな?オギハラさんっていうんだ、新人さん」
「優秀な子だから、総務で頑張ってもらおうと思って。」
「今の総務の状況わかって言ってます?」
「事務のアルバイトやってたって言うし大丈夫じゃない?そこは理人くんの腕の見せどころってことで」
新入社員の配属を言い渡されて、理人は表には出さずにうんざりした。
人事部からもらった履歴書は立派だった。
公立大卒で、資格やアルバイトの経験も立派。
こういう履歴書が優秀すぎるのって、プライド高くてかえって扱いづらい。
ただでさえ今の総務は地獄絵図だというのに。他の部署は得てして事務作業を舐めている。教える労力も舐めている。
教えてる暇などない。ある程度育ててから総務に異動させてくれたらいいのに。どちらかというと玉突きで中堅がほしい。本人だって可哀想だ。
人事部とやり合ったところで覆らないのはわかっているので、甘んじて受け入れた。反抗するほどの心のゆとりもなかったのもある。
相手の仕事が詳細にわからないのはこちらも同じだ。
やってみて無理そうなら、本人の希望として人事部に上げることにした。
が、しかし、荻原すみれはいい方に裏切ってくれた。
仕事の覚えがよく、真面目で勤勉で、知識もひけらかさない。
当然経験値不足はあるものの、独断で動かない。
新入社員にやらせる仕事量ではないのに、文句も言わず黙々とこなし、すぐに総務部二課にいなくてはならない人材になった。
かと思うと、
「む、むりです…こんなの…わたしには…!」
全社向けの展開資料など大きな仕事を任せようとすると途端に弱気になって怯える。
「いつも通り資料まとめてくれれば大丈夫だから。得意でしょう?」
「で、でも…」
「荻原さんの資料見やすくて助かってるよ。おれもチェックするから、やってみてくれる?」
「うぅ…」
「おれ、できることしか言わないよ」
「ぅ……ガンバリマス……」
垂れ眉をさらにさげて、最後にはそう言う。
上司である以上フォローはするが、どうせやるのだから無駄な時間だ。
そう思っていた。元々は。
なのに、必死で向き合うすみれを見ていて、煩わしかった他人のメンタル面のフォローも、楽しみにさえなっていた。
風の噂で母子家庭だったと聞いた。歳の近い弟とは仲が良いようだ。
苦労してきたんだろうなと思う。
やけに大人びてしっかりしているのも。
小さいのに踏み台や台車を使って危なげなく自分でやっちゃうのも。
自分だってしんどいだろうに、理人や周りのことを優先して気遣ってくれるのも。
「クッキー、荻原さんも食べる?」
「えっ、頂いていいんですか?」
年齢らしからぬ落ち着きを見せるのに、お菓子をあげると年相応のふわんと嬉しそうな表情を覗かせる。
お茶を淹れて、すごく幸せそうに食べている横顔が可愛い。癒される。
それをこっそり見たくて、お菓子をもらうたびについついあげてしまう。
◇◆◇
「で、すみれちゃんには告白したの?」
若菜が唐突に口を開いた。
「え…は、…はっ!?」
咄嗟にすみれの姿を探すが、外出中だ。
そこまでやって、肯定したも同然の反応だったと気づく。
「えーウソやだガチなのー?」
美保がニヤニヤしながら椅子ごと振り返る。
ほら言ったじゃんーと得意気な若菜。
「こんな慌ててる理人くんレアねー。ぜんっぜんわからなかった」
美保のその言葉がせめてもの救いだった。
まさかそんな話が振られるとは思わず、あからさまな反応をしてしまったのは痛恨のミスだ。
飲み会だとかそういう場ならもうちょっと取り繕えただろうに。
いや、この熟練のお姉さん方の前では逃れられなかったかもしれない。
「よく餌付けしてるなーと思ってたんだよね」
「餌付け…」
うふふとしたり顔の若菜。
餌付けで靡いてくれるほど、甘くはないようだが。
「いいじゃん、すみれちゃん、彼氏いないって言ってたし。」
「好きな人はいるっぽくなかった?詳しく教えてくれなかったけど」
「それこそ理人くんなんじゃない?身近すぎて言えなかったとか」
「ありえる!ね、とりあえず告白しよ」
「彼氏じゃないんだもん。好きな人いても奪ってナンボよねえ?」
勝手にきゃいきゃい盛り上がる2人。
理人は口を挟むのを諦めた。
とっくに振られているのだが、これを言うとさらにめんどくさくなりそうで聞くに徹した。
「だってほらぁ、理人くん大学からの彼女と別れたっきりでしょ」
「そうそう。落ち込んでて心配してたんだから」
「3〜4年くらい?彼女いないんじゃない?あんな女の子たちに囲まれといて」
「もう、こんなチャラそうな見た目して、一途なんだから。早くいい子見つけなよと思ってたけど、すみれちゃんねー。真面目で家庭的なタイプねー」
「あらっ、すみれちゃん可愛い顔してるわよ!」
「そうねぇ、ちっちゃいのに必死に全部自分でやっちゃうのが守ってあげたくなるわよねぇ」
「見る目あるわー」
言いたい放題だ。
こうなったらもう何も言わない方が傷は浅い。
「ハハハ…そりゃどーも。」
2人が落ち着いた頃、仕事に支障を来たすのは嫌だからすみれには内緒にしてくれとは伝えたものの。
すごくやりづらい。
仕事は仕事。上司と部下と、線引きはしっかりしているつもりだが。
問い合わせやクレームの処理で怒られ、キツい言葉を投げられても淡々と適切に返答するすみれが、感情を見せることはそう多くない。
その彼女が、泣き止めないほどの感情は、どれだけのものなのだろう。
杉下真紘はいい奴だと思う。爽やかで可愛げもある。
一途なんだろうとも。
でも、どこがそんなにいいの?って、なじりたくなる。
…理人さんを好きにならない人なんていないんじゃないですか
言ってくれるよね。
だったら好きになってよって言いそうになって、寸前で止めた。
深い意味なんてなかっただろうから。
彼女の視線の先にいるのは、誰にも気付かれないくらいひっそりと口許を綻ばせるのは、いつもアイツ。
それに気づいたのは、たまたまだった。
◆◇◆
「あっ!書類、わたしの引き出しの1段目か2段目にあります!記入済みです!」
あるとき、倉庫に行ったすみれに電話で必要な資料の在処を聞いた。
「引き出し、勝手に開けてもいいかな」
「もちろんです!すみません、よろしくお願いします!」
一瞬だけ覗いた1段目の引き出しの中が、何故か引っかかった。
すみれのお気に入りのお菓子と、名刺ファイルの横に1枚の名刺。
名刺自体は仕事柄よくもらう。
名刺ファイルも会社のものだし、すぐ連絡する予定の人の名刺を一旦横に出しておくのも、理人もよくやる。
けど。
ーーー何で杉下くんの名刺?
やりとりを頻繁にする人のアドレスはパソコンに登録しているだろうし、最近直接のやりとりが始まったわけでもないはずだ。
そしてしばらくして合点がいった。
あの名刺を見ていなければ、すみれをよく見ていなければ気付かなかっただろうくらい、ほんの一瞬覗かせる表情の意味に。
ひとりで、見返りを求めないひたむきさで、静かに、とれだけの想いを募らせているのだろう。
早く振られて諦めたらいいのに。
すみれに伝えた言葉は、どれも本心だった。
直属の上司という立場は、あったからこそ気を許してくれている面はあれど、とにかく動きにくかった。
痛々しいほどのその一途な想いを、ほんのちょっとでいいから分けてほしいと願ってしまう。




