渡せなかったチョコ
「好きな子がいるから受け取れない。ごめんね」
その言葉は、深く深く突き刺さった。
何を期待していたんだろう。
知ってた。
知っていたのだそんなことは。
あのときも、今だって、痛いほど。
「そうだよね…伝えたかっただけだから」
そう言って、可愛くラッピングされたそれを手に持ったままパタパタと女の子は走って行ってしまった。
すみれに向けられた言葉ではなかったのに、…いや、すみれに向ける言葉もきっと同じだ。
すみれが言われたようなものだ。
一つ違うのは、すみれは、好きの一言も、伝えられなかっただけ。
トボトボと帰って、泣きながらしょっぱいチョコを自分で食べた。
◇◆◇
「はあ…」
高校生でもあるまいし、何をやっているんだろうとデスクでひとり静かに溜め息を落とした。
去年も今年も、なんとなく弟と母の分を買いに行ったついでに、思わず買ってしまった。
去年は1人寂しく食べたのに。懲りもせず。
「ただいまー」
昼休憩から戻ってきた理人に声をかける。
「理人さん、バレンタインチョコ」
「えっ」
「ーーーを、さっき預かりまして」
「あ、ああ、そう…」
1つ食べる?って、普段もらいもののお菓子を分けてくれるようなテンションで理人は言うが、受け取れるわけない。仮に本命チョコではなくても。
だって、すみれは、そのチョコを渡すのがどんなに勇気のいることか、知っている。
「荻原さんは?」
「何が?」
「アイツにチョコとか用意したのかなと思って」
「………してません」
「ウソ」
頬杖をついて、すみれの方を見る理人。
この人の、こういうところが苦手だ。
普段は全く触れてこないくせに、周りに人がいないときを見計らって、急に核心をついてくる。
全てわかったような顔をして、すみれが人知れず仕舞った言葉を感情を引き摺り出そうとする。
「……っ渡せるわけ、ないじゃないですかっ!もらっても迷惑です…!」
彼にはお似合いの彼女がいて、ずっと一途に想っているのに。
ただ顔見知り程度の後輩に、好意を告げられたって。
「…いいんです。自分用なので。」
そう。自分用にしてしまえばいい。
頑張った日のご褒美チョコ。うん、それそれ。
だって大好きなチョコ、選んだし。
「…渡せなかったらさ、おれにちょーだい」
「は…はぁ?なんで…」
「お世話になってる上司にお礼ってことで」
「自分で言います?」
理人は、ちょっと困ったように肩をすくめた。
お世話には、なっているけれども。
トントンと書類をまとめて、理人は会議があるからと席を立った。
「…待ってるから。頑張って」
正直、揺れた。
だって、持って帰ってひとり寂しく、渡せなかったチョコを食べるつらさを、知っている。
でも理人には、曲がりなりにも、おれにしとかない?とかなんとか言われているわけで。
いや、真に受けてるわけではないのだけれど。
あれから、それらしい素振りも見せないし、相変わらず女友達が多い。
…いや、期待していたわけではない。けど。
理人は女友達もたくさんいて、今日だって義理か本命かわからないチョコを断らずにたくさんもらっているわけで。
ああうん、そうだ、たくさんもらったうちの義理チョコの1つなら。
いいんじゃない?
理人にはお世話になってるし。お礼ってことにしても。
いや。でも。だって。でも。
の、堂々巡り。
◇◆◇
「ほら、帰っちゃうよ。渡しに行くの、行かないの」
うううーと突っ伏して唸っているすみれの横で、楽しんでいる理人。
総務部二課の他の面々は帰ったか、席を外している。
「チョコ食べてくださいって渡して、ついでに告白しておいでよ」
「そっ、そんな簡単に…」
「振られたらちゃんと慰めてあげるからさ」
「い、意地悪なこと言いますね…!わかってますけど!」
ふふっと楽しそうな理人。
終業後なのに、こうやってすみれに付き合ってくれるのは、優しさなのか意地悪のつもりなのか。
緊張は吹き飛んだ。自己嫌悪で消耗もしていない。変なの。
はあ。と、ゆっくり息を吐き出した。
いくら時間をかけたって、渡す勇気なんかないのだ。
「…もらって、くれますか…」
「うん」
ちょっと嬉しそうな、困ったような。
「嬉しい。ありがとう。」
眉尻を下げて、泣きそうな顔で微笑んだ。
勘違いしてしまいそうになる。
まさか。そんなはずはないのに。
ああそうか、すみれの願望が見せた幻だったんだ。
きっとそう。そうに決まってる。
誰かに、持て余したこの熱を、受け止めてほしいって。
あわよくば、狂おしいほど、想ってほしいって。
また甘えてしまった。
逃げてしまった。
理人が用意してくれた、逃げ道に。
すみれは、チョコを渡せなかったあの高校1年生のまま。




