涙と新しい恋?
好きな人の声を拾ってしまうのはもういつものこと。
「先週駅前で一緒にいた女の子、真紘の彼女?」
「ああ、見られちゃいました?…大切な人です。」
衝立があるだけの会議スペースからそんな会話が聞こえてきて、足が止まってしまった。
「え、聞いてねえ」
「スタイルいい美女だった。」
「どこで出会うのそんな美女」
「幼馴染です」
ああ、やっぱり今もあの人と続いてるんだ。
「写真は?見せてよ。あるでしょ」
「世界一可愛いのでダメです」
「あはは、お前なー!」
先輩らしい男性と数人の笑い声が聞こえてくる。
鼻の奥がツーンとした。
ああもう、わかってたのに。期待もしていなかったのに。
していない、つもり、だったのに。
敵うわけない。
あんなに綺麗で強くて、自分の意見をしっかり言えて、それでいて真紘のことを誰よりも大切にしている人に。
あ。ダメ。このまま席になんて戻れない。
唇を噛み締めて、手を握りしめて。
ゆっくり息を吐いて。
大丈夫。大丈夫なはず。
「荻原さん?」
なのに、理人の声に、一瞬で気が緩んでしまった。
「あ…」
ポロリと涙が落ちた。
「どうした?」
何でもないと口にしたいのに、喉がつっかえて言葉も出ない。
無言で首を振るが、涙を飲み込めない。
トイレか更衣室に逃げようにも、ワヤワヤしている廊下を抜けて行かなきゃいけない。
手先が冷えて目の前が真っ暗になりかけたところで、手首を握られ、意識を引き戻される。
大丈夫と耳元で囁かれた。
「は…っ」
ドクドクと心臓の音と共に血の気が戻ると共に、涙も溢れてきた。
「えっ、すみれちゃんどうしたの!?」
廊下に出てきた同期の声。
こんなこと、親しい彼女にも言えないのに。
「取引先とちょっと…ね?」
と、理人はそっとすみれの背に手を添えて、すみれを庇うように立ってくれた。
元直属の上司である理人がそう言えば、仕事でトラブルがあったようにしか見えないだろう。
「応接室空いてたと思いますよ!使ってください!」
「ありがとう」
理人はそのまま、すみれを応接室まで手を引いてくれた。
「すみませ…仕事関係なくて」
「うん、アイツでしょ?」
「……っ」
理人の方が悲しそうな顔をした。
そんなにバレバレだったんだろうか。
ドキリとしたのに、隠さなくていいことに安堵もしている。忙しい。
ゆっくり深呼吸をする。
「…あのさ」
ハンカチで目元を抑えて、もう大丈夫ですと伝えようとした瞬間、また手を握られた。
理人が真っ直ぐにすみれを捉えた。
「新しい恋をして忘れるのはどう?」
…………は?
「おれにしときなよ」
びっくりした。
びっくりした。
おかげで涙が完全に引っ込んだ。
…本気なわけない。
理人は女友達も多くて、誰にでも優しい。
きっとこういう慰めも普通なんだろう。
男友達なんていたことないけど、じゃれあいを勘違いなんてしない。
ーーーうん、そうだよ。意地悪だから、さっさと告白して振られたらいいのにと思ってる
理人の意地悪は、すみれの本心を引き出すために敢えて言ったようにも感じられてしまう。
「すみません、気を遣わせてしまって…」
「おぎ…」
理人のおかげで助かったし、今も思ったより落ち着いている。
それはあの日、理人に全てぶちまけたからだろう。
ひとり、誰にも言えずにいたあの頃とは違う。
冷静になれている。
理人に、これ以上甘えるわけにはいかない。
仕事でも、個人的なところでも、迷惑をかけるわけにはいかない。
「もう、大丈夫ですから」
上手く、笑えただろうか。




