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風評

作者: 雉白書屋

「あ! あの、おめでとうございます!」


「え、あ、どうも……」


 駅を出た途端、そう声をかけられ、おれは驚いた。

 女性。知り合いではない……が、見覚えがあった。確か……そうだ、近所のスーパーの店員だ。握手を求められ、何食わぬ顔で応じると予定でもあったのか、女はそそくさと立ち去っていったが、はて、おめでとうございますとは何の事だ?


「お、先生! いやーおめでとう!」


「え、あ、どうも……」


 考えながら家路を辿っていると、また声をかけられた。先生……まあ、間違いではない。おれは漫画家。そして声をかけてきたこの男は、おれが住んでいるボロアパートの近所に住んでいるやつだったはず。

 そいつもまた、先程の女と同じように握手だけして、去って行った。

 訳が分からない……。誕生日でもなければ懸賞に応募し、当選したわけでも宝くじ、競馬、いや、買ったことはあるが最近はまったく……。そもそも彼らがなぜ祝うんだ?


「あらぁ、先生じゃない! この度はおめでとうございます!」


「あ、どうも……」


「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「いやー良かったなぁおめでとう!」


 と、おれの姿を見るなり浴びせるような、おめでとう。ばしばし叩かれ、肩を揉まれ、こちらはやぁやぁどうもどうもといった顔で送り出される。しかしこれは、本当にどういう……まさか、おれの漫画が賞を……? 次くる漫画とか、いや、しかし連載はだいぶ前に打ち切られた。ネットで連載中のエッセイものもあるが人気振るわず、それすら打ち切り寸前。

 ……が、それがきっとSNSか何かで評判になったんだ。うん、きっとそうだ。今の時代、何が受け、そして甦るか分からない。そうか、きっとそれがニュースになったんだ。早く家に帰りテレビかパソコンを――


「おう! 先生!」


「いたっ! あ、ありがとうございます……」


 と、後ろから強く背中を叩かれ、おれは振り返りつつ、そう言った。イラッとはしたもののつい媚びへつらうような顔。

 すると男は顔をずいと近づけ言った。


「あんた……あれ、冗談だったんだって? 俺はよぉ、祝いに酒まで買っちまったよぉ! 飲んじまうからな! まあ、気にしちゃいねーけどよぉ、ほんと勘弁してくれよ、ほら吹き大先生! はっはっはっは!」


「え、あの」


 行ってしまった。人の背中を思いっ切り叩いてなんだあの野郎は……。誰、ああ、思い出した。商店街の魚屋の主人だ。しかし、冗談? 何の話だ? この、おめでとうの件か? だから、おれは何もしらな――


「あの」


「うおっ、びっくりしたぁ……え、となんですかお婆さん……あ、あなた確かタバコ屋の」


「……下劣」


「はい……?」


「卑しく、非道で最低ゲスの嘘つきオポチュニストォォォォ!」


「うあ、オポ、オポチュ? な、なんなんですか!?」


「おぉ……なんまいだなんまいだ……」


「いや、どこへ行くんですか! 待って」


「ひぃぃぃぃ! 放して! 放せ! 誰か、誰か!」


 ――どうしたんだあれ

 ――あの人、もしかして

 ――先生じゃないか

 ――確かあれ

 ――いや、それは嘘で

 ――じゃあ、あれは


「いや、違う、違うんです!」


 何が違うのかおれ自身にもわからないが、おれは誰というわけでもなくそう言うと老婆から手を放し、逃げるようにその場を離れた。

 何が、何が何なんだ。おれが何をした? 本当に何を……。おれはこれまでごく普通に生活してきたはずだ。へぇー漫画家なんだぁ……とそういった目にもへへへ、どうもすみません、ちょっと描かせてもらってますなんて謙った態度でいたはずだ。なのになんでだ。なんで、なんで……賞じゃないのか? 嘘? 誤報か?


「あ、先生がいるぞ!」

「こっちだ!」

「いたぞ!」

「捕まえろ!」

「やっちまえ!」


 文房具屋の店主。近所の腋臭の男。くしゃみがデカいオヤジ。いつもうるさい子犬を散歩してる中年女。濁声オヤジ。ブスブサイク、イカレた奴など揃いも揃ってなぜだ、なぜ、魚屋もそうだが知っているのは顔くらいで名も知らない、挨拶も特にしたことない関係性の連中になぜ、おれが追い回される。なぜペットボトルを投げつけられるんだ。なぜ、なぜ……



「はぁはぁはぁ……ふぅー、とテレビ……」


 家に逃げ帰り、一息つくその前にまずテレビだ。おれはリモコンを掴みテレビに向けた。ニュースを……そう都合よく、おれのことはやっていないか。なら、パソコンを……早く、早く点け……よし……


「なにも……ない、な……」


 テレビもネットもおれに関する話はなかった。

 つまりこれは……連中の勘違い。近所の噂話が歪み歪んで広がり肥大化し、そう、オバサンネットワークというのはセンスのない言い方であるが今、この状況で他に気の利いた言い回しなど思いつかないから仕方がない。

 外の方からする「殺しちまおう」という誰かの声。ドンドンドンと叩かれるドア。

 鍵を閉め忘れたこと以外、今、おれの頭になにも浮かばない。

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― 新着の感想 ―
[一言] こわいですね 勝手に勘違いして嘘つき呼ばわりする人はそこら中にいますけど、過激化するとホラーですよね
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