《湖の聖霊姫》フィオレ
思いついてちょっと書いてみました。
大学を卒業して十年以上経つけれど、いまでも時々小・中・高校・大学で試験を受け(もしくは試験勉強で)何もわからず焦りまくる悪夢を見る。
ついでにそれに加えて、社会人になってからは職場で仕事に翻弄される凶夢――もしくは夢の中でも延々と仕事をしていて、起きても休んだ気がしない睡眠とはなんだ? と言いたくなるような朝を迎えて会社に行く……。
生きるためには先立つものが必要だし、一般庶民である俺は働かずには金を得ることはできない。
趣味らしい趣味もなく、せいぜいちょっと空いた時間にweb小説投稿サイトの面白そうな作品を読むくらいが楽しみの独身三十三歳のどこにでもいるサラリーマン。
ただ漠然と『やり直せるものなら人生をやり直したいな』と思っていた……のだろう。理由のない倦怠感と閉塞感に日々倦んでいた。
有名な漫画の台詞に、
「配られたカードで勝負するっきゃないのさ……それがどういう意味であれ」
「自分以外の人間になりたいと願いながら、人生を送るのは耐え難いって」
「人生ってソフトクリームみたいなもんさ……なめてかかることを学ばないとね!」
などと言われるように、不満があるなら努力して改善させるなり成功させるなりしろ――というのが正論であり、人生には他に選択肢がないのも事実である。
とは言え毎日のように学生時代や社会人になってからの辛酸や孤独、憔悴を夢に見るということは、結局のところ心の奥では傷痕となっていて、確実にマイナスだと理解していて、今後仮に何かの拍子に出世したり、思いがけずに成功したりしたとしてもよほどのことでもない限り(それこそ宝くじで数十億円当たるとか、一躍世界的な有名人でもなったとか)、マイナスの上に築かれたささやかなプラスなど何の意味もない。それこそ人生を、時間をやり直して、ココではないドコカで悔いのない生き方をしたい――そんな風に人生に失望し、渇望していたのだと思う。
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猛烈な頭痛とともに飛び起きた私は、自分の倍ほどの年齢の異性――それもこの世界の人間ではない――の記憶と知識と人生を一気に追体験をして、
「――っ!!??」
痛む頭を抱えつつ涙目で、見慣れた(そして物珍しいとも頭の隅で感じる)豪奢な天蓋付きの寝台と、王宮か大聖堂にでも行かなければ目にすることができない大きな板ガラスが嵌め込まれた自室の窓から、斜めに降り注ぐ朝の柔らかな日差しを眺めつつ、ゆっくりと深呼吸をしながら自分の置かれた立場を再認識するのでした。
(――要するに情報量が処理能力を超えたために、一時的に脳が暴走状態に陥っていた……ということですわね)
すでに半ば自分のものとなっている異なる世界の知識と照らし合わせて、私は大きくため息をついて、そう自分を納得させます。
『異世界ナーロッパ』
『剣と魔法の世界』
『TS貴族令嬢転生』
連日の残業に疲れたサラリーマンが夜道で例のトラックに轢かれるという、親の顔よりも即座に浮かぶシーンに遭遇したわけでも、不思議時空で神様的なやたら俗っぽい何かに遭遇して神託を授けられたわけでもなく、気が付いたら私になっていた……という事態に、とりあえず私は付随するどうでもいい雑音を追い払って、寝台のサイドチェストに置いてあるベルを取って軽く鳴らしました。
待つほどなくノックの音とともに、扉越しに聞きなれた抑揚のない少女の声で響きます。
すぐに招き入れると、早朝から皴ひとつないメイド服を着こなした、硬質でいかにも才媛然とした――事実、六カ国語を本国人顔負けに使いこなし、古典から天文学、経営学にまで精通している――少女が、折り目正しく入口で片足を浅く後ろに引き、両手でスカートの一部をつまんで軽く持ち上げ、上体を曲げ、身体を深く落とす……お手本のように見事なカーテシーを披露しました。
私の専属侍女にして幼友達――王侯貴族が我が子の将来の片腕や腹心とすべく、幼いころから部下や知人の子供を遊び相手として引き取ることは、この世界においては割と常識です――である銀髪碧眼の若干愛想のない美少女で、かつ我がジンデル大公家の股肱の臣とも言えるマクレガン侯爵の直継女孫であるイヴァンジェリンは、こんな時でも普段通りの態度で接してくれます。
「おはようございます。プリンセス・フィオレンティーナ様。何かご要望がございますでしょうか?」
「エヴァ、喉が渇いたので水を持ってきてくれないかしら。それと誰の目もないのだから、いつも通り“フィオレ”でいいわよ」
「ご用命承りました。水でよろしいのですか? コックに命じて季節の果実水なども用意させますが」
普段通りの淡々とした調子で頷いてから、確認という風に気を利かせてくれるエヴァ。
表面には出さなくても、アルバート王子が学園で起こしたあの騒ぎの直後とあって、私の心身を気遣ってくれているのでしょう。
「水でいいわ。冷たい水をキュッと一気に飲みたい気分なの」
「……わかりました」
私の返答に心なしか軽く怪訝な表情を浮かべたエヴァですが、すぐに平常に戻って言葉少なに承諾をし、エ先ほどより略式のカーテシーをして部屋の外へ出ていきました。
「――う~~ん、いまのって私らしくなかったかしら? 自分では自覚がありませんけれど、記憶の交雑で知らずどこかおかしな部分が出ているのかも知れませんね」
とは言えいま私が声を大にして言いたいことはただ一つ――!!
「なんで婚約者である王子の弾劾イベントが終わったあとで、転生前だか何だかの知識や記憶がよみがえるわけなの!? いまさら必要ないんですけど!!」
いつもの通りTSですが、あまり意味のないTSです。
9/2 妖精姫→聖霊姫へ変更しました。
【参考】
この世界では髪や瞳に魔術適性の色が出やすく、貴族はそれが特に顕著です。
悪役令嬢と書いてヒロインと呼ぶフィオレは水(EX)、光(SSS)、風(SS)、火(S)、地(AA)の適性を持ってます。
普通は王侯貴族でも2~3属性でÅがあれば優秀。Sがあれば宮廷魔術師になれるレベルです。
ちなみに見た目は長い紫色の髪でなおかつ先端に行くにしたがって水色になるグラデーション。瞳の色はルビーのような赤。胸がちょっと控え目ですが、水仙や白百合のような清楚華憐にして優し気な顔立ちをした超絶美少女です。




