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トゥー A HEARTS  作者: 結月芽
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[第二章:惹かれあう心/育む彼女]その1

 渚と凪が出会った翌日の昼下がり。彼女は、家から離れた公園のベンチに座っていた。

「…来てくれるかな?」

 彼女は僅かな不安を誤魔化すように視線をさ迷わせる。

 見える公園の規模はあまり大きくなく、せいぜい小学校の校庭の半分程度。その中には二つの屋根付きの木のベンチに、その背後には茂みがあり、その周囲を生け垣が覆っているというものである。

 至極単純な構造のそこではあったが、木々の配置の良さか、近くの水路の子気味良い音のおかげが、それなりに良い雰囲気を醸し出している。

 そして、そんな場所に渚が座っているのは、ある理由があった。

「凪さん…」

 昨日、彼女は龍太郎に罵倒された後、凪に電話をしている。基本的に中身のある話はあまりしなかったが、一つだけ、はっきりとしたことを彼女は言っている。

 彼に明日…つまりは今日も。

「……会いたい…って」

 初めて自身の行為を肯定してくれた凪と言う人物。

 それは当然のことながら、凪にとって重要な意味を、価値を持つ。

 彼を特別視する理由としては、十分すぎるほどに。

「…来られるなら、早く…来てくれないかなぁ」

 特別視。それがどういうことなのかを簡潔に言えば、渚は少なからず惹かれているということである。

 今までの自分が知らなかった存在、今までの自分にないものをくれた存在、それゆえに、魅力的な存在。

 このような、圧倒的な付加価値による非常に強い好印象が、彼女の純粋な性格の中で生まれた結果だ。

 そして、凪に惹かれているために、彼女は思う。彼との時間は、龍太郎との物とは違い、自分にきっと嬉しさを与えてくれる…少なくとも一緒にいて楽しいはず。なら、そちらがいい。そっちの方が良い。

 さらには、あのとき感じたあたたかな気持ちがもう一度と言わず、何度も欲しい。

 このような、いわば欲とも言える気持ちがあって、渚は凪を求め、今こうしてベンチに座っている。

 そして今、彼女の待ち人がやってくる。

「おーい!」

 求めていた声が聞こえてきた。

 聞いた渚が立ち上がり、後ろを向いて公園の入り口方面を見る。

「昨日電話通り来たけどー」

 そこには、無人に近い住宅群をその側面に持つ道路を進む、凪の姿があった。

 現れた凪を見て、渚は嬉しさで胸がいっぱいになる。

(また、ちゃんと会えた…!)

「…しかし、来てくれただけ、か…。その意味は…」

 公園内に入ってきた凪は、有頂天になって自然と笑顔を浮かべる渚を見て呟く。

 僅かに目線を下に落として。

「でも、都合大丈夫だった?あなたもADだし、マスターのために何かしなきゃいけないことがあったかも…」

 こちら側の都合で相手を呼びつけたのである。他人思いの部分がある渚は、そこが気になってしまい、そう言う。

初めて行ったことへの、初めて故の、漠然とした不安もあるだろう。

「…ああ、いや。いいの」

 凪は手を振って渚に違うと示す。そしてやや小声で言葉を続けた。

「私は朝と夕方以降を除けば外にいるしかないから、な…」

「…?それってどういう」

 表情を少し陰らせ言う凪に、渚は何か事情があるのかと思いつつ、首をかしげる。

「…あ、いや、気にしないで。こちらの話だから、今は関係ないんだ」

 迂闊なことを言ったと思ったのか、凪は先ほどより大きく手を左右に振って言う。

「そ、そう?それならいいけど」

 無暗に深堀するような話ではないと思い、追及はしない渚。

 そこに、話題を変えるように凪が口を開く。

「ところで、私と会いたいってことだけど。何かしたいことでもあるのか?」

「…あ、それは………」

 渚は続きを言おうとする。…言おうと、した。

「…」

 それなのに、口を開いたまま、固まってしまった。

(あれ、何もなくない?)

 そう。彼と一緒にいれば楽しいだろう、だから一緒にいたい、会いたい。

 彼女はそう思っていたわけだが、そこから先がない。いざ望みの相手を呼び出しても、一緒にいて何かするようなことがない。

 まさか呼び出して何もせず、ただ一緒にいてと、急に言うわけにも言うまい。

 助け合った仲とは言え、所詮は昨日知り合ったばかりの二人だ。

 突如そんなことを言われても、意図が分からず、相手を困らせるだけだろう。

 自身の感情を急に言うわけにもいかない。

「…えっとね。えっと…」

 回答に窮した渚は数秒沈黙したのち、

「…そう!あなたと遊びたいから!」

「あ、遊び?」

 困惑しつつも、凪は渚に質問する。

「何故、遊びを?」

「ほ、ほら、私たちせっかく助け合った仲だよね?連絡しあったよね?それはもう、友達っていう感じもするし、友達なら遊びたいって思わない?だから遊ぼう、遊ぼう…」

 と勢いで言う中で、彼女はあることを思いつく。

(あ、そうだよ。遊び、遊び!…遊べば仲良くなれる。仲良くなったら…)

 彼と一緒にいられる。距離が縮まれば縮まるほど、お互いに抵抗なく、もっと。

(だったら、何かとても面白い遊びでもしよう!うん!)

(そうだ、そうするのじゃ、それが良い。わしは応援するぞ)

(うん、うん、そうだよねぇねぇそれがいいよねぇねぇ!)

 頭の中で湧いてきたキャラクター二人に応援される渚。

 実は彼女、ふとした時に脳内に独自のキャラクターを想像し、自身を鼓舞する癖があった。

 今までは龍太郎に行為を否定された時に、精神安定のためにやりがちであり、このような場面で出すのは相当に珍しい。

(うん、うん。決めた。私決めた)

 脳内キャラ二人の言葉(自分の思考)で、彼女は意思を固める。

(私は、凪さんと仲良くなる!)

 彼女は初めてできた目的の達成を心に強く決める。

 そして、思考を現実側に戻し、凪に対して問いかける。

 少し興奮を見せた様子で。

「どう?遊ばない?一緒に、ね?」

 目を輝かせる渚を不思議そうに見つめる凪だが、すぐに返答をする。

「…まぁ、いいけど。どうせ暇だしな」

「よかった!」

 渚は嬉しさをにじませて言う。

 そして、その顔には小さな笑みが浮かんでいる。

 今までの日常の中では、決して見せることのなかったそれ。

 苦しさではなく、喜びに満ちたそれ。

 それが現れていることは、彼女の日常が既に変わってきている証拠でもあった。

「…遊びをやるんだったらさ。具体的に何をやるんだ?」

 凪は舞い上がっている様子の渚に質問をする。

「…」

 彼女は、再び答えを詰まらせた。

(…ど、どうしよう。遊ぶって言っても、遊び道具なんて何も持ってないよ…)

 家にだってない。龍太郎がそんなものを購入しているわけもない。元々彼は、まだエリート社員であったときに、自身の仕事の効率を仲間のために挙げる目的で、秘書として渚を買った。

 決して、家族替わりや愛玩用、遊び相手としてではない以上、遊びと言う用途に使えるものなど一つも家に置いているわけがないのだ。

(…う~ん。道具がないなら、なくてもできる遊びを…。しかも二人でできる遊び…何かないかな)

(鬼ごっこじゃ)

(鬼ごっこしかないねぇねぇ)

(でもそれって二人でやってもあんまり楽しくないし……。う~ん。早く言わないと。こっちから言ったのにあんまり待たせて気分を悪くさせちゃったら、こっちも嫌だし)

 今はまだ、憧憬に近い感情を凪に抱く渚であるがゆえに、少々彼に対して引き目な考えだ。

彼女は他に思いつきもしないので、仕方なく鬼ごっこの提案を凪に言おうとする。

(こんなことなら何か準備しておくべきだったなぁ…)

 と思いながらで、ある。

 …と。そのときであった。

「ねぇ」

 声をかけてくるものがいる。

『?』

 二人が声のした方、反対側の公園の入り口に顔を向けると、そこには一人の幼子(?)が立っていた。

「遊びって言いましたね」

 身長は百五十センチある渚よりもかなり小さい。目測で百二十センチから百三十センチの間と言ったところだろう。

 ちなみに、凪は百四十センチである。

「しっかりと聞きました」

そう言う彼女の体は、フード付きパーカーに包まれている。前面のチャックが開けられたその下は、黒いボディスーツのようなもので飾られていた。

「遊びは…人間らしい行動。指揮官によれば」

 呟きつつ、フードの彼女は無駄のない足取りで、小さい歩幅にもかかわらず素早く二人の前にやってくる。

「当…ニロ…。ニイは、あなたたちに頼みます」

『頼む?』

 疑問の声を上げる二人にフードの彼女…ニロイはその頼みごというものを言う。

「遊びましょう。…そう、鬼ごっこでもして」

『?』

 二人は、いきなり現れてそんなことを言うニロイに対し、困惑した表情を浮かべるしかなかった。



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