004
(KAMIKAZE‘S EYES)
――コスモポリタン北地区・貧民街――
拙者は、無力だ。
あの戦いで、何もできなかった。
『火之鳥』ギルドの屋敷から、拙者は走り続けていた。
以前、ギルドの長アオサクラに言われていた言葉があった。
「困ったことがあれば、北地区の貧民街にある『デオドア』に向かえ。
そこには『デオドア』というマスターがいる。彼に助けを求めよ」と。
その言葉に従い、拙者は夜の貧民街をひたすらに走った。
舗装がされていない、歩きにくい土の道を走っていた。
薄暗いこの辺りは、コスモポリタンの『裏社会』と言われる場所だ。
拙者が住んでいた東国の町並みと違う。
貧しい子供や、浮浪者が夜でも地面で生活をしていた。
住民の正気も失われていて、ゾンビが住んでいるかのような町並み。ボロボロの廃墟がいくつも見えた。
(しかし、この辺りは話に聞いていたけど、来たことが無いでござる)
コスモポリタンに十年以上暮らしていた拙者も、この辺りに来たことがない。
薄暗い路地を歩くと、スラム街の街角に一軒の酒場を見つけた。
建物の外観は、他の廃墟のような建物よりしっかりした木造の建物。
(ここが、バー『デオドア』でござるか)
『デオドア』というのは、酒場の名前か。
木製のドアを開けた中は、薄暗い酒場が見えた。店主の趣味だろうか。
木造の壁、木造の床は拙者の体の重さでも軋む。
客もまばらのこの酒場を見て、拙者はカウンターに座った。
カウンターにいたのは、藍色の長い髪の女だ。
鋭い目つきで、黒のノーブルワンピースを着ていた。ここのマスターだろうか。
「何よ?」接客態度は、芳しくない若い女だ。
「ここが、バー『デオドア』でござるか?」
「そうよ」
「マスター『デオドア』はいるでござるか?」
「ああ、親父は腰をやったのよ。代わりにあたしが、ここを番している」
女マスターは、言いながらタバコをふかしていた。
同時にコップを洗い、退屈そうな顔を拙者に見せていた。
「そうか、マスター『デオドア』はいないでござるか?」
「ここは酒場よ。あんた、なんか飲む?」
「芋焼酎をもらおう」
「そう。アオサクラみたいな子ね」
アオサクラの名前を、マスターの女は口に出していた。
手際よくマスターの女は酒を用意し、拙者の前のカウンターに置いた。
出された芋焼酎を飲んだ、これは……上手い。
「おお、上手いでござる」
「あんた、東国の出身か?」
「拙者は十歳で、コスモポリタンに来たでござる。
マスターは、アオサクラを知っているでござるか?」
「知り合いだ、いい客だ。そこにアオサクラの酒をキープしてある」
見えたのは、茶色の大きな瓶。そこには酒の銘柄が見えた、日本酒だ。
「初顔か?」
「ああ、ここに来るのも初顔でござる」
「表社会の人間か。このコスモポリタンの裏は、どうだ?」
「正直に言うと……薄暗い場所でござる」
「裏は、光に紛れるために暗い」
女マスターの会話は、素っ気ない。
接客のイロハも分からないような、冷たい言葉だ。
だが、拙者はアオサクラの言葉を思い出した。
アオサクラの意志を継いで、この酒場でやることがあった。
「マスター、ギルド『レックス』の話は知っているでござるか?」
「このコスモポリタンで、『レックス』を知らない者は、よそ者だけ」
「『レックス』を倒す依頼を、ここで出すでござる」
「ほう」タバコを灰皿に押しつけた女マスターは、腕を組んでいた。
酒場で出来ることと言えば、主に二つ。
仲間を探すことと、依頼を出すこと。
バレンシア帝国の全ての酒場で、この二つは出来る事だと拙者も学んでいた。
「お前は、ギルド『火之鳥』の人間か?」
「ああ、『火之鳥』は『レックス』の襲撃に屈してしまったでござる。
だから拙者は、復讐をするために戦うでござるよ。『火之鳥』の仇を、取る為に」
「東国の奴らは、相変わらず敵討ちが好きだな。あたしも嫌いじゃないけど。
それはそうと『火之鳥』には、アオサクラがいた筈だ。何かがあったのか?」
女マスターは、やはり聞いてきた。
その名を聞いて拙者は、首を横に振った。
「ギルド長、アオサクラは……魔剣士スノーボールに、負けたでござる」
「そうか」女マスターは、寂しそうな顔を見せた。
不機嫌な顔で、タバコを再びふかしていた。
「いいだろう、お前が望む依頼を出せ。
あそこに掲示板があるだろう、そこを使え」
「かたじけない」
「ただし……三日だけだ。それ以上は、廃棄する」
女マスターは、冷たく言い放った。
だけど、拙者はそれだけで充分だった。
『レックス』が、今のコスモポリタンでどのような力を持っているのかを拙者はよく理解していたのだから。




