002
あれから、数日が過ぎた。
幼い私がいるのは、コスモポリタンの刑務所。
鉄と鋼が文化のコスモポリタンで、泥だらけの顔の私は汚い牢屋に閉じ込められていた。
着ていた紫色のドレスは、ここに閉じ込められてからボロボロだ。
足には、鎖の足枷がしっかりついていた。
疲れた顔で、私は体育座りをしていた。
(どうして……どうしてこうなった)
私は泣いていた涙も涸れて、静かにうずくまっていた。
薄暗い牢屋で、私は時が経つのを待つだけだ。他に何もできない。
一人きり、小さな子供の私が牢の中だ。
私は悪いことを何もしていない。ううん、パパもママもそうだ。
あんなに優しいパパやママは、なんで酷い目に遭わないといけない。
なんで、全てを失わないといけない。
そして群衆と、敵になった帝国兵。
なんで群衆は、私たち家族を引き離したのだろうか。
なんで私は、こんな冷たい牢の中に今もいるのだろうか。
「なんで、私はここにいる!」顔を上げて、叫んだ私。
私の牢には、見張りをしている兵士が驚いていた。
着ている鎧には、かつて帝国軍の兵士だ。帝国軍の紋章が、胸に誇らしげにあった。
「スプリッツア、またか」
「私は殺される理由はない!私は何も間違っていない」
「それでも、あなたの父はコスモポリタンを滅ぼそうとした。
恨むなら、俺を恨むんじゃない。お前の父、『マイタミ・ブロンクス』を恨め」
「ふざけるな!」私は、兵士に睨みをきかせた。
投げようとしても、投げる物がこの牢屋の中にはない。
ギラギラした目で、私は兵士に苛立ちをぶつけていた。
「そういえば、お前の母はさっき死んだぞ」
「え?」
「処刑が、ついさっき行なわれた。
スプリッツアも、もうすぐ処刑が行なわれるぞ。
お前に関しては暴れるから、後日になったが……ようやく決まった。
それまで、お前はおとなしくしておけ!」
「ママ……ママが……」
いきなり聞かされた、ママの死。
パパが目の前で殺された瞬間が、私の脳裏によぎった。
ママはどうやって殺されたか、想像できなく無かった。
多くの群衆に見守られて、磔にされたのだろう。
それを想像しただけで、私は怒りがこみ上げて冷静ではいられなかった。
「なんで、こんな……」
私は両手をついて、頭を地面に打ち付けた。
一心不乱に頭をぶつける光景は、とにかく異様だ。
「くそっ、くそっ!」
「やめろ、五月蠅いだろ!」
鉄格子の先の兵士が、叫んだ。
それでも、頭を打ちつけるのをやめない。
大きな悲しみを、痛みで忘れることしか、今の私にはできない。
もう間もなく、迫ってくるのが私の処刑。私はここで死ぬんだ。
頭を打ち続けると、ボロボロの顔の額が赤くなって血が出てきた。
それでもあの日の前ならば、ママが優しく私を看病してくれた。
しかし、ママもパパももういない。私は一人きりだ。
頭を打つのも疲れた私は、泣こうにも泣けない。両手を突いて嗚咽だけ。
さすがに兵士が、哀れみの視線を私に向けた。
「しかしこんな幼い子も、市民の前で処刑するのか。
スプリッツアか……ガルムに加担したから仕方ないとはいえ……」
兵士がなぜか私に、同情をしていた。
それがなおさら辛い。
兵士の私への慰めの言葉は、私を完全に哀れみで見下していて惨めだ。
監視する兵士の彼も、私のパパの部下だった人だ。
今では、牢獄の監視をする私の憎き存在。くたびれた私は、再び体育座りをしていた。
そんな私と兵士のところに、足音が聞こえた。
「おお、交代が来たか」
通路の奥から、一人の男が姿を見せた。
明らかに丸々と太った男は、重そうな鎧をガチャガチャと音を立てて現れた。
顔は四角く強ばっていて、大きな盾を持った男だ。
「お前、また太ったんじゃないのか?」
「うむ」太った若い兵士に、声をかけた中年兵士。
若い兵士の背中には、大きな盾を背負っていた。
「じゃあ、頼むぞ。朝になったら、また来るから。
それと、『マール・ブロンクス』の処刑が夕刻執行された。
明日には、スプリッツアの処刑も行なう事も決まっている。
つまり、勤務は今日までと言うことだ」
「ふむ」丸い体の兵士は、中年兵士の言葉を聞いていた。
サラリと言われた、私の決められた寿命。
ここで、私は死ぬのか。明日の夕方には私は、殺されるのか。
ダメだ、殺されるわけにはいかない。
ここにいる敵を、家族を引き裂いたコイツらを、裏切り者を全員殺す。
目は血走って、怒りを周囲に向けていた。
だけど、こんなところで子供が睨んでいても大人は相手にしない。
中年兵士はそのまま、階段を上っていく。
階段に登る兵士を見届け、丸い体の兵士は窮屈そうに私の鉄格子の前にしゃがむ。
「スプリッツア」
「なに……」ここにいる全ての帝国兵は、裏切り者だ。
さっきのアイツも、目の前のコイツも、帝国軍の兵士。
つまりはパパの元部下、鎧にバレンシア帝国の紋章が見えた。
険しい目で、私は太った兵士を睨む。
それでも丸く太った体を器用に丸めて、私の視線に落としていた。
「見ないでよ」
「正義を信じるか?」
「は?」私は怪訝な顔で、丸い体の兵士を睨んだ。
監視された時から、この太った兵士は不思議な空気を出していた。
監視の時は、なぜか私のことをジロジロ見ていた。
体が球体のように丸々と太っているし、気持ちが悪い男だ。
「お前は、パパの正義を信じるか?」
「パパは悪くない、パパは正しい」
「それならば、証明できるか?」
「パパがなんで殺されなければならないのか、私は到底納得できない!」
口を尖らせて、頬を膨らませた私。
「ならば、正義を証明するか?」
丸い体の兵士はそう尋ねながら、鍵を取り出して鉄格子を開け始めた。
そのまま、大きな体で狭い鉄格子の入り口に入ってきた。
丸い体の兵士は、とても大きかった。
近くで見上げると、かなりの迫力があった。
のそっといきなり現れたその迫力に、私は身構えていた。
「ひっ」恐怖の顔を見せる私。
だが、丸い体の兵士は私の足元にしゃがみ込んだ。
器用な手先で、私の足元の鎖の鍵を開けていた。
大きな体に怯えながらも、私は数日ぶりに鎖から右足が解放された。
それと同時に、丸い体の兵士は目の前に真っ黒な鎖を落とした。
見た事の無い太さの鎖を、私はじっと見ていた。
「スプリッツアは、正義を証明するならこの鎖を持て」
「なんで、この鎖が?」
「正義を証明しなければ、ここで明日お前は死ぬ」
「正義を証明すれば、私は……裏切ったヤツを全員殺していいんだな?」
私は見上げて、落ちた鎖を手に取った。
手に取った瞬間、右手が焼ける熱さを感じた。
熱さを感じて、思わず手を引っ込めた私。
「なんだ、この鎖は?」
「お前の正義を証明するなら、この熱い鎖ぐらい持てるだろう。
裏切ったヤツを、全員殺すのだろう」
「そうだ、私は……」
再び覚悟を決めて、太い鎖に手を伸ばす。
振れた瞬間に、熱さが手のひらにはっきりと感じられた。
火傷のような熱を、右の掌に感じた。だけど私は、歯を食いしばった。
苦々しい顔で、それでも鎖を手にした。
「持ったぞ」
「そうか、ならば行くとしよう」
「行くって、どこに?」
「自分と今から、ここを出る」
「お前も出るのか?」
「自分も出る。自分は、この結末の正義が知りたい」
この男は、やはりおかしなことを言う。
だが、今の私は他の選択する余裕なんか無かった。
ここにいれば、明日の夕方に処刑されるのが決まっていた。
それは、楽な選択なのかもしれない。ママやパパのところに、私も行けるかもしれない。
だけど、私は悔しかった。
パパやママが無実で殺されたのが、とても悔しかった。
(パパもママも何も、悪いことをしていない。それは間違いない)
大人の社会を知らない私は、そのことだけを信じてパラライカの提案を受けた。
手を取り、この鉄格子を出る覚悟を決めた。
「行こう、自分についてこい。見つかった瞬間に、自分もお前も死ぬから覚悟しろ」
「分かった」私は頷いた。この丸い体の兵士について行く決意を固めた。
この日、私はコスモポリタンの牢屋から逃げ出した。
私の両親の無実を晴らすために、私の両親が間違えていないことを証明するために。
そして私は、生まれ故郷のコスモポリタンから出て行くことになった。




