018
(NICORASIKA‘S EYES)
わたくしが、バー『デオドア』に来ると最近はいつも彼女がいた。
バーの片隅にあるテーブルの四人組。
そこにいた一人を見て、わたくしは叫ばずにはいられなかった。
「何で何で何で、あなたはいつもいるのです?」
長い赤毛を縛った、ソノラという少女だ。
腰に鎖を巻いていて、赤く長い髪の少女。
彼女を露店の夜道で見かけてから、ずっとわたくしは怪しんでいた。
「また来たの?」
「またって、ここはわたくしの行きつけですわ!」
「そう」ソノラは相変わらず、素っ気ない。
「ここは皆の憩いの場だからな、ニコラシカ」
「アオサクラ……無事なのね」
わたくしが話したのは、黒い髪を束ねた女。
水色の着物を着たアオサクラは、穏やかな顔でわたくしを迎え入れた。
「ええ、あなたにも助けられたわね」
「これで、貸しが一つ……ですわ」
「前回、ここで悪酔いしたニコラシカを解放したぞ。これでチャラか?」
「まあ、そういうことにしてあげますわよ」
笑顔のアオサクラに言われて、わたくしは諦めた顔を見せた。
わたくしとアオサクラとは、強い絆で結ばれていた。
「スノーボールは、その後見つかったの?」
「どうやらレックスの本部に、逃げたみたいですわ。
これ以上わたくしの自警団では、手が出せませんの」
わたくしは、自警団を作った。
十年前に、帝国領主のブロンクス家が一家殺害された。
バレンシア帝国が下した結論は、コスモポリタンの撤退だ。
それにより、多くの帝国軍人が溢れた。
だからわたくしが『自警団』を作って、彼らの受け皿になっていた。
「ところで、そちらの人は?」
「あっ、そうでしたわ」
わたくしの隣には、もう一人いた。
ボロボロのカントリーチュニックを着て、ボサボサの長い茶髪でやつれた顔の女。
彼女は、『テコニック・リューシー』元帝国軍人。わたくしの一個下の後輩。
そんなテコニックを、アオサクラはじっと見ていた。
「あの……ニコラシカ、ここって?」
「そうでしたわ、カレドニア」わたくしは、カウンターにいる女に声をかけた。
藍色の長い髪の女マスターが、タバコを吹かしてこちらを見ていた。
相変わらずのよどんだ目で、わたくしを見ていた。
「なによ?」
「ここで、依頼を出しますわ」
「そう、いいわよ。どんな依頼?」
「スプリッツアを探す依頼を、出して欲しいの」
わたくしは、この名前を口に出した。
テコニックが、探さないといけない一人の人間。
二十四時間以内に探さないと、テコニックには何か良くないことが起こってしまう。
必死になってテコニックがわたくしに求めて、わたくしはこの依頼を出すことにした。
「スプリッツアって、十年前に処刑されずに逃げたブロンクス家の娘よね」
「ええ。テコニックは、どうしてもスプリッツア探さないと行けないみたいで」
「待て、ニコラシカ」これを止めたのは、アオサクラだ。
そのまま、テコニックに近づく。
元気なく虚なテコニックの前に、アオサクラが険しい顔で立っていた。
「どうしました?」
「この女、呪われていないか?」
「そんなこと……ないです」テコニックは、声が小さい。
「いや、何か怯えているようだ。この女」
そのまま、アオサクラがテコニックに顔を寄せた。
「彼女には、何やら呪いがかかっている。間違いない、魔法の匂いがする」
「そうでしょうか?」
「ああ、お前。何か不思議なことがあったか?」
「そう言われれば……仮面」
「仮面……コラーダか」
アオサクラが、一人の名前を出した。
わたくしも、その名前を知っていた。
「コラーダって……元冒険者で『幻術士』でレックスに入ったアイツ」
「なるほど、読めたぞ。ヤツは、彼女に幻術をかけた。
到底達成できない依頼を命じて、幻術を見せているのだろう」
「この幻術はどうやったら、解けますの?」
「魔法なら、専門家がいるだろう」
と言うと、一人の男が立ち上がった。
「自分は、酒を飲み過ぎた。今日は宿に帰る」
わたくしと同じ元帝国軍のパラライカが、立ち上がった。
大きく丸い体のパラライカは、そのままタイト貨幣を置いて立ち去っていた。
「相変わらず……ですわね」
腰に手を当てて、わたくしは元同僚のパラライカを見送っていた。
そんな中、パラライカの現在の相棒がわたくしを見ていた。
「ねえ、そのコラーダってレックスの人間なの?」
「ああ、そうだ」
「だったら、私も戦うわ。レックスに所属している奴は皆殺しよ」
一瞬、狂気のソノラの顔が見えた気がした。
だけどいつも通り冷めた顔のソノラが、わたくしをじっと見上げていた。