014
見た目は、一見女に見えてしまうほどの美しい顔立ちの人間。
だけど、青い長袖シャツに青の長いズボン。
中性的な顔の人物は、大きな剣を両手に持っていた。
堂々とした出で立ちだけで、私は理解していた。
「お前が、スノーボールか?」
「僕も有名になったものだね。君は?」
「私は、あんたを殺しに来た。
氷の魔剣『スノーブラウンド』を持っているあんたを殺しに来た」
言いながら、怪しく笑った私。それでも、彼の登場で空気が冷たく感じた。
これが、氷の魔剣士のオーラなのだろうか。
「この武器を、君は知っているのか?」
「それだけじゃ無い。
お前がレックスの『スノーボール』で、今から私に殺されるのもな」
一気に感情を高ぶらせた私は、舌なめずりをしていた。
「いいだろう、君は面白い」
男のような女のような魔剣士スノーボールは、笑っていた。
それでも、剣を持った構えは鋭い。
立ち姿からして、全くの隙が無い。なるほど、氷の魔剣士は伊達ではない。
「君はどうやら、東国の方から言われたのかな?
その割には、東国っぽくない雰囲気のない来客だ。ならば君は、何者だろうか?」
「死ね」私は鎖を振り回して、投げつけた。
スノーボールの持っているスノーブラウンドが、鎖を反応よく叩き落とす。
ガチッと、鈍い音がした。
「随分と野蛮な女だね」
「レックスの幹部のお前は、私の敵。だから死ねっ!」
私の声が、白い息となって出てきた。
スノーボールの登場から、一気に部屋の温度が下がった。冷える寒さだ。
だが周囲の気温に構わず、私は鎖を引っ張ってグルグルと振り回した。
ノースリーブの黒いジャケットから出る腕は、鳥肌が立っていた。
だけど、感情の高ぶりから気温の変化が気にならない。
「やれやれ、君は仕方ないですね。
そんなに望みかな?俺に氷漬けにされるのが」
「氷漬けにできるとでも?」
怪しく笑った私は、鎖を再びスノーボールに投げつけた。
冷静な顔で鎖を受けるスノーボールは、しっかりと目を開いて私を見た。
冷たい空気が、一気に流れ込む。
まるで吹雪の中で戦っているかのような、そんな冷たい空気感。
室内にもかかわらず、私の長い赤髪が冷たい風になびく。
吹雪のような風が、投げつけた鎖を押し返す。
(この男の持っている武器は、魔剣だ。属性は氷、情報通り。
ならば……私は負けることがない)
立ち尽くしたまま、スノーボールは一歩も動かない。
その場で、大きな剣を振った。
剣を振った瞬間、氷の結晶が次々と生まれた。
「君も、氷で刺してあげる。『アイスピラー』」
いくつも生まれた氷の結晶は、やがて氷の杭を生み出す。
氷の杭は、私に目がけて飛んできた。
一つだけではない、いくつもの氷の杭が私の目の前に見えた。
だけど、わたしは向かってくる氷の杭を引き戻した鎖で跳ね飛ばした。
鎖の軌道を見ながら、鎖を振り回す。
鎖には、赤い炎が纏っていた。
そのまま、鎖が氷の杭をたたき落とす。
同時に氷の杭が蒸発して、消えていった。
「なんだ、その武器は?」
「バカじゃないの、教えるわけないじゃない!」
グルグル回す私の鎖は、ただの鎖ではない。
分厚い鉄の鎖には、炎を纏っていた。
それはまるで、鎖自体が燃えているかのようだ。
燃えている鎖を振り回すと、炎が踊っていた。
「これは……」
「私の武器も、あなたの魔剣みたいなモノよ」
「気に入った、それ欲しいよ!
お前の持っているその武器を、是非とも……俺が奪ってやろう!」
スノーボールの顔が、僅かに変わった。
さっきまでの落ち着いた顔から、喜びに満ちた顔に変わった。
「この鎖を、奪うつもり?いいわよ、私に勝てたのならばね。
私と『焔の鎖』に勝てたならばの話よ」
「勝つのは簡単だ」氷の魔剣士スノーボールが、自信たっぷりに言い放つ。
再び、彼の周りに氷の杭が浮かび上がった。
だけど私は、炎を纏った鎖を回していた。
まるで炎が生きているかのように、動いていた。
そのまま、生きた炎をスノーボールに向かわせた。
鎖を操り、炎が屋内の床を走ってスノーボールに向かう。
氷の杭が、私の生み出した炎に向かっていく。小さな氷の杭が、それでも炎に消滅していく。
「こいつはどうかな?『ビックアイスピラー』っ!」
スノーボールは、持っている大きな剣を振り回した。
同時に、頭より高く大剣を上に振り上げてきた。
上げた瞬間に、私の足元に氷の柱が、生えてきた。
だが、その生えてきた氷の柱を見切った私。
「無駄よ」
私は鎖で、自分の周囲を囲む。
炎の鎖で円を描く。炎の円が、生えてきた氷の柱と交わり消滅した。
だが、炎の壁は私の周囲に残っていた。
(スノーブラウンド、魔導具かしら。でも私には……)
炎の壁に守られた私、スノーボールからも私の姿を視認できない。
「くっ、炎の中に隠れたのか」
「違うわ!」
私は自分の鎖を、前に伸ばした。
一瞬で伸びた鎖が、炎の壁の先にいるスノーボールの氷の魔剣の剣先に絡まった。
「囮か?」
「そうよ、炎は囮。これがホンモノ。『インフェルノブレイズ』っ!」
絡まった鎖は、そのまま紫色の炎が出てきた。
燃えた瞬間に、氷の魔剣は紫色の火に包まれた。
魔剣を持っているスノーボールも、熱をはっきり感じていた。
「くそっ、熱っ!」スノーボールの体に、紫色の火が移っていく。
熱さに耐えられず、スノーボールは思わず手を離した。
離した瞬間、氷の魔剣が粉々に砕け散った。
「馬鹿な、魔剣が!」
砕けた魔剣の柄をかろうじて拾い、後ろに下がったスノーボール。
私の鎖は、再び私の手元に戻っていた。
目の前のスノーボールは、悔しそうな顔で私を見ていた。
「魔剣を手放したのは、正解よ」
「お前、何者だ?」顔を歪めながら、スノーボールは叫んだ。
叫びながらも、腰にあるズボンのポケットに左手を忍ばせた。
私は鎖を引き戻し、スノーボールを睨む。
「ソノラよ」私は正直に名前を名乗った。
「ソノラ?お前は東国ギルドじゃないし、どうしてここに?」
「私はあくまで、レックスを皆殺ししに来ただけ。それだけよ」
「くっ、覚えていろ!」
負け惜しみを言った瞬間、左手の中にある何かが出てきた。
同時に、黒く光って私の目を眩ませてきた。
私はすぐに、不穏な動きのスノーボールを察知した。険しい顔で、鎖を投げつけた。
だが、スノーボールの姿は既に消えていた。一枚の紙と引き換えに。
ヒラヒラと落ちる紙を、私は鎖で器用に掴んでいた。
(こざかしい魔剣士ね)
鎖で引き戻して見えた紙は、『転移の魔法』の魔方陣だ。
そのまま、左手で紙を丸めてそのまま捨てた。
この紙に書かれた魔方陣は、同時に消滅していた。
すぐさま私は、冷静な顔に戻った。
この部屋には、スノーボールが入ってきた奥のドアを使って部屋を出た。
部屋を出ると、寒気は少し収まった。
(あそこは、寒かったな)
戦いが終わると、私はいつも通りの顔に戻った。
ドアを出ると、廊下が見えた。奥には、二つのドアが見えた。
右の方に一つ、左の方に一つ。通路の奥には下り階段も見えた。
(後は奥にいる人の気配を……感じるわね。ここかしら?)
私はドアを開けた。開けたドアの先は、狭い部屋が見えた。
そこには、一人の女が手足を氷の枷に縛られいた。
女は入ってきた私を、じっと見下ろしていた。
来ていた水色の着物が、はだけていた女は私を見るなり怯えた顔を見せていた。
「あなたは?」
「和服……どうやらあなたが『アオサクラ』保護対象ね」
私は、カミカゼの言葉を思い出しながら彼女を見ていた。