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賢者さまは見つめてる  作者: にしかぜ
1/5

プロローグ

「ここ」は真っ白な空間だった


……なぜかそう感じた。

目も見えないし耳だって聞こえない、肌の感覚だって不鮮明だ。


自分が何者かは分からないけど、ただ自分の意思が存在している感覚と、今いる「ここ」が真っ白な空間であるという感覚、それだけははっきりとわかっている。


曖昧な場所だった、夢と現実が混ざり合って溶けてしまったような……分かるようで分からない、分からないのに分かっている、そんな場所だ。


ただ私は「ここ」の事をよく知っている様にも感じた。

見慣れた景色を見ているかのような……なぜかそんな気持ちが溢れてくるのだ。


そんな既視感を覚えながら私はこの空間を漂っていた。


漂って


漂って


漂って



……とにかく暇だった。


身体なんてはっきりとしたものもないから特段何かできるわけでもないし、殊更何か起こるわけでもない。


時の進み方も曖昧だからどれくらいの時間が経ったかは分からないけど、1時間か1年か1秒か……とにかく私が漂い飽きるくらいの時間を漂って、いい加減にしろよ!と声にならない声をあげた時。


……突然この真っ白の空間が動き始めた。

私の目の前の一点に収縮していくように、周囲の空間が歪み始めたのだ。


一点に収縮されていく空間は次第に形を作り始め、歪な平たい板のようになり、そこからだんだんと大きく姿を変えていき最後は重厚な木造りの扉になった。


そしてその扉はひとりでにゆっくりと開いていき……




……そして私はその中に吸い込まれていった。





「…おい…」


どこからか声が聞こえる…



「……おいあんちゃん。」


声の主は俺に話しかけているらしい。


「おいグラースのあんちゃん!そろそろ起きろよ。」


声の主は聞き慣れた名前を呼んでいた、おそらく俺に話しかけているのだろう…


どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。


確かに夢を見ていた気がするし、視界も真っ暗だ…おまけに意識はまだ半分ほど夢の中にあり、睡魔がもう一度夢の中に来ないかと手招きしている。


とても気持ちの良い微睡だ…肌に当たる風は暖かく、それになにやらゆりかごのような揺れまで感じる。


本当にこのまま二度寝でもしたくなるような心地よさだ、しかし先程から俺を呼ぶ声に次第に怒気が混じり始めている、さすがにそろそろ起きないと業を煮やしてしまうだろう。


俺は諦めてこの心地よさを手放す覚悟を決め…




(よし、もう一眠りしよう!)


…られなかった。


そもそも睡眠とは人間の最も大事な欲求の一つであるし、何より睡眠不足は仕事のクオリティの低下を招く、まぁ今俺はがっつり寝ているからそもそも仕事なんてしてはないのだが…とにかく、身体が眠いと言っているのにそれに逆らうのはナンセンスというものだろう!


(完璧な理論だ!)


もう一度夢の中に向かう頭の中でそんな言い訳を考えながら、俺が自身の中の睡魔に身を任せようとしたその時…



「起きろっつってんだろうがぁ!!」


ベシッ!!!!


業を煮やした声の主が俺の尻をその手に持つ馬鞭で思いっきり叩いてきたのだ。


「いったぁぁぁぁぁぁ!」


先程まで俺と2人で夢の世界へ逃避行していた睡魔は、痛みのせいでどっかに行ってしまったようだ、まったく薄情な睡魔だ。


「なにすんだよ、おっさん!いてぇじゃねぇか!」


薄情な睡魔の事は置いといて、俺は声の主に抗議の声をあげた。

せっかくの心地よい微睡を邪魔されたのだ、場合によっては訴訟も辞さない構えだ。


「うるせぇ、あんちゃんが中々起きないから悪いんだろうが!」


「だとしても引っ叩く事はないだろ!ケツが二つに割れちまうだろうが!」


「ケツは元々割れてるだろうが!それに護衛任務中に寝る馬鹿がいるか!ギルドにちくるぞ。」


「…むう。」


旗色が悪い…これでは裁判どころか契約違反で罰金まで取られてしまいそうだ、とりあえず謝っておこう。


「悪かったよ、馬車の荷台が心地良すぎて寝ちまったんだ、おっさん御者の才能あるんじゃねえの。」


よし、我ながら完璧な返しだ!

謝りつつもさりげなく褒めていく、これでおっさんも機嫌を良くして許してくれるだろう。


「けっ都合のいい事いいやがって。」


おや、まだお怒りのようだ?

なぜだろう、俺の謝罪は完璧だったはずだが…


「まあいい、どうせここまで来れば妖異なんか出てきやしないしな今回は目をつぶってやるよ。」


良かったこれで罰金は免れそうだ、おっさんには後で誠心誠意、睡眠の邪魔をした報いを受けてもらおう。


そんな事を考えていると御者台に座るおっさんが道の先を指差した。


「ほら見えてきたぞあれが王都レーベだ、あと1時間程で着く、準備しときな」


指を差したその先に目をやると、小さな丘を越えたその先の平原に、来る者にその威容を誇示するかの様に長大な石造りの壁が聳え立っていた。


「ほう、あれが…」


俺は馬車の荷台から身を乗り出し、レーベの街を覆う城壁を眼を凝らして見渡していた。


とてつもない大きさだ、おっさんの言葉を信じるならあそこに到着するまでまだ馬車で1時間もかかるという…


さらによく眼を凝らして見ると、使われている石レンガも一つ一つしっかりと加工され、一つの隙間もなく並べられている。


そして一番驚いたのは城壁から展開されている結界魔術だ。


通常の城壁は妖異の侵入を阻む為に魔術紋を刻んだ楔石が各所に置かれ、これに魔石からマナを注ぎ込み魔力に変換する事で楔石を中心とした結界が展開するようになっている。


一方レーベの城壁は壁そのものが魔力を保有し。壁内を循環している、おそらく壁の基礎部分にマナダイトを用いた楔石が使われていて周囲からマナを吸収して魔力に変換し直接壁内に循環させているのだろう。


確かにこれならいちいちマナ供給をする必要はないし、強く劣化しにくい城壁になるだろう。


とても強固で効率的な城壁ではあるが、俺はこの様な造りの城壁は見た事がなかった、基礎に使われているだろうマナダイトはそもそも希少な物だし、楔石として使うにはそれなりの大きさが必要となる、おそらく一年に数個が市場に出回るかどうかの代物だろう。


この城壁の建築に一体どれだけの金と人が使われたのだろうか…


「凄いな、さすが城壁都市レーベだ…」


その技術にため息をつきながら呟いた。


「ん?あんちゃんはレーベは初めてかい?」


御者台のおっさんが聞いてくる。


「初めてだな、俺の育ちはヴィラントだしな。」


「なんだあんちゃんヴィラントからきたのか!あっこは壁なんてねぇらしいから、これだけでっけえ壁には驚いたろう!」


「ああ驚いたよ、世界中旅してるがこれだけの規模の城壁は初めて見た…ところであの城門の上に掲げられているのはなんの旗だ?見たところレオニダスの国旗の様には見えないが」


城門の上にドラゴンと盾の紋章の旗が掲げられてるのが気になった俺はおっさんに聞いてみた。


確かこの国の国旗は獅子と二つの杖だったはずだ。


「そりゃあ四天騎士団のどっかの旗だな、王都の守備は騎士団様の仕事だからな…それよりもよくこんなとこから城門の上の旗なんか見えるな?俺にゃ城門だって豆粒くらいにしか見えねえのに。」


「…ああ俺、目が良いんだよ。じゃあ城門の前に立ってるあれが噂に名高いレオニダスの騎士様って事か…」


なるほど、確かに良く見たら通常の衛兵よりも立派な格好をしているし、鎧も装飾されている、手に持つ槍も細工の施された業物のようだ。


そんな事を考えているとおっさんが笑いながら言ってきた。


「騎士様ぁ?おい冗談はいけねぇよ、いくら目がよくたってこの距離から人なんか見つけられるわけねぇだろ!本当はレーベに行ったことあるんじゃねぇか?」


おっと危ない、人と話すのが久しぶりすぎてついついポロッと心の声が漏れてしまった。


「さっきも言っただろ俺は目が良いんだよ、それにレーベに行くのも本当に初めてだって。」


愛想笑いをしながら答えると、おっさんはまだ納得してない様な様子でこちらを見ていた。


「それじゃあ俺はもう一眠りするよ、こっからはもう安全そうだし大丈夫だろ?街に着いたら起こしてくれ。」


これ以上詮索されるのも面倒なのでそそくさと馬車の中に引っ込む事にした。


「おい、あんちゃん!また寝るのかよ!…ったくしょうがねぇなあ。」


すまんなおっさん、さっきから戻ってきた睡魔が俺を夢の国に誘っているんだ。


俺は再び夢の中に戻りながら、城壁都市レーベへと向かっていった。

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