第6話 母
幸助は風呂上りに祖母を寝かそうとしてリビングへ向った。テーブルの席で祖母は日記をつけていた。彼はそばに寄って記している内容をチラっと見た。
「見ないで」
祖母は笑った顔をして言った。
彼も笑って
「ごめん、ごめん」と言った。
日記にはこうあった。
――きっと〝京子〟は帰ってくる。
京子とは、家を出て行った彼の母親である。
祖母と母親との険悪な仲を彼は父から聞かされて知っていたが、祖母のそうしたむき出しになった姿を、彼は日記を介してはじめて見たような気がした。
母親は――、意固地な人だった。
人に謝ったりしたことはなかった。孝道が高校にあがった時から母親と父は別居をしていた。彼と孝道の食事を作りに家に来てはいたが、あとは家には寄らなかった。そして段々それも続かなくなっていった。母親は食事を作りにすら来なくなって、仕事が忙しいという理由で自分のことのほかは何もしなくなっていった。
初めのうちは孝道と父との仲が上手くいっていないことを口実にしていた。それもたしかに事実だった。しかしそんなことは口実に過ぎない。京子にとって、もともと家はわずらわしかったといったほうが正しいだろう。
彼は祖母との関係を直接京子の口から聞いたことはなかった。しかし彼は母親と父との仲が悪くなったのは、父が祖母と離れずにいようとしているからなのだと知っていた。京子は死んだ祖父がまだいた頃からこの2世帯を嫌がって仕方なかった――。
――けれども京子が家に来なくなった決定的な理由は、父と仲が悪かったからというわけではない。最終的に京子を家から追い出したのは孝道であった。
「家を出た人間が、何しに来てる」
孝道は京子をそう咎めて、京子が何をしていても罵声を浴びせていた。