第5話 兄の学校
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祖母は幸助の食べ終わった食事を片付けた後も孝道の話を続けていた。
彼は食卓からは立って、窓際から庭の草木を眺めていた。
「あの担任こうも言ったのよ〝分かってるだろうな〟って」
その教師の言葉は明らかに悪意があっただろう。けれどももともと孝道がいけないということもあった。彼は幼いころの孝道を思い出しながらそう思った。孝道は勘違いされるような言動をとっていた。そして、池田の言っていることも本当だった。
池田には本当の意味では友だちがいなかった。からかわれることで、人との関係を保とうとしていた。人を追いかけまわしたり、飛びついてつかみかかったりして暴れるのも、人と関わりたいがために気を引こうとしていたのだ。そして孝道がそれを面白がってからかっていたことも事実だった。
――孝道の担任も、校長もあの事件からすぐに中学からはいなくなった。それは孝道のいた中学が問題だったことの証であるし、孝道のいたクラスに問題が起きたという証でもあった。彼は教師もともに兄に嫌がらせをしていたという話を聞いたのは初めてだった。
孝道のいた中学は孝道がいたころが一番荒れた時期だった。有害図書や生徒の喫煙など、非行の蔓延で校舎の施設が所々で使用禁止になり、部活動をしている生徒たちは更衣室から締め出された。 保護者の中でも部活動をする生徒たちの外での着替えや、校舎の便所で着替えを余儀なくされていたりと、学校の対応を問題視していた。生徒側の抵抗も強くあり、校門を爆破するなどの電話や校舎への投石など、学校側への嫌がらせや生徒の授業時間中の徘徊が目立つようになったりして地域からも対応を迫られる事態に発展していた。
普段から勝気な振る舞いで孤立していた孝道のことであるから、池田の事件以来、学校側に睨まれてしまったのはわからない話ではなかった。 実際に臭いものには蓋と言うような教職員側の対応が、兄が不登校に至る原因なったことも事実だった。兄は完全に悪者として扱われたのだろう。担任の教師は学校に行こうとしている兄を、行かせなくしてしまったのだから――。
そして彼はしばらく考えてから言った。
「でもその後のことは、アイツ自身の問題だった訳でしょう?」
季節は梅雨に差し掛かっていた。緑がとても映える季節だ。庭は大分雑草が伸び始めていた。幸助は芝刈りが必要だと思いながら、祖母にもすこし注意をはらっていた。
そして祖母は目を細めて頷きながらこう言い返してきた。
「だけどね、それがなかったらタカちゃん、しっかりしていたのよ?」
彼は祖母のその言葉を素直に受け入れていなかった。幼少のことを思い出せば彼にとって孝道には恨みしか残っていない。
――やはり孝道は孝道で悪いのだ。
と彼はそう思うほかなかった。