第3話 祖母の話
ある休日、祖母が昼食をとる幸助に話し始めた。
「池田ってタカちゃんのお友だち、鉛筆を手につき刺したってはなし――」
祖父母は昔から孝道のことを可愛がった。自分の息子の長男だったからと言うこともあるかもしれない。しかしあの事件以来、ずっと祖母にとって孝道はいつも関心事であった。けれども彼は昔から祖父母には兄と比べられて嫌な思いしかしたことがなかった。そのためか彼は祖父母から兄の話を聞くと兄を悪く言うことばかりを考えた。
「タカちゃんが強要したって言う話だけれど――」
彼は中学のころの兄の人つきあいをよく知らなかった。友だちはほとんどいないらしくて、いつも遊んでいる友だちは一人か二人で、同じ人物だった。池田はその中でも一番性質の悪いつきあい方をしていた。
「——池田って、あの悪でしょう?」
「そう——」
「校内でたばこ吸ったり、学校のトイレで酒飲んだりしていたって」
祖母は父が出て行ってから、兄の話ばかりしていた。
一階の茶の間で彼は昼食をご馳走になっていた。けっして美味しいわけではない。けれどもないよりはずっとありがたいご飯だ。彼はそんな昼食を事務的に咀嚼しながら祖母と話を合わせた。
「孝道が池田に嫌がらせしていたのは事実じゃない?」
「そう?」
彼は実際に兄がそういうことをしていたのを見てた。けれども鉛筆を刺したのは池田自身がやったことで、それを兄のせいにしたというのは、なにかしら厭らしい裏があるように思えた ――。
「でも手に鉛筆を刺したのは、池田の勝手だった訳でしょう?」
「そう――。けれどね。タカちゃんその後にまわりから白い目で見られて、誰からも相手にされなくなったって」
そのことは彼もよく知っていることだった。兄が学校に行かなくなったのも池田のその一件が噂になったからだった。父がその頃、池田と兄の仲を良くない言い方で罵っていたことを彼はよく思い出すことがある。
確かに兄が池田に鉛筆を刺すように強要したのも本当のことだった。しかし池田が本当に鉛筆を刺すとは思っていなかっただろう。それに、もし池田に兄がそうするように強要したとして、どうして兄が悪者にされたのだろうか――。
祖母は彼の前に座り、お茶を入れてからまた話を続けた。
「でもね。そんなことがあってからもタカちゃんはね。一度、登校したのよ?」
「うん」
「そうしたらあそこの中学の担任なんて言ったと思う? 〝無理して学校に来なくていいんだぞ〟って」
彼は食事を止めて祖母の方を向いた。
「それははじめて聞いた」
「変な話でしょう? 先生が〝学校に来なくていい〟だなんて――」
たかが鉛筆を手腕に刺した程度でそこまでの話になるのだろうか? 異常なのは池田の方で孝道はただそれを面白がっていただけではないだろうか。