第26話 修復
叔母さんが死んでからしばらくして、彼と父は母親の別居先であったアパートから引き払って別に住居を用意した。彼の居場所が知れなくなった京子は、たびたび携帯に連絡をよこすようになった。しかし彼は取り合わなかった。家を出て行った人に、何を話すということもないと思っていた。それから直ぐに京子は孝道を家から連れ出して、裁判で手に入れた爺さんが所有しているあのO町にある家に置いた。
幸助たちは孝道が家から消えたので、戻ることにした。
祖母はこう言うのだった。
「アンタの母親が突然来てね、連れ出して行ったのよ。大きな灰色の車に乗って来てたわ。だけどよかったわ。あんなに毎晩毎晩うるさかったら、かなわないものね」
家の割れた窓硝子は板や段ボールでふさがっていて、家具はあの時のそのまま、台所や廊下は生活していたことがわかるが、後はゴミで埋もれていた。栄養剤の空瓶やスポーツドリンク、ビールなどの空缶が云百本、台所や食卓に置かれていて、皿は一枚だけしか使っていなかったようである。孝道の部屋には人の体臭が籠っていて、アンモニアの臭いが鼻に刺さった。風呂場は下から黒く黴が這い上がっていた。便所は嘔吐したのか、そのままの跡が残っていて、とても入れるようなところではなかった。冷蔵庫だけはしっかりと残っていて、中には缶ビールが沢山あり、冷蔵庫の前にはその空き缶が山積みになっていた。
父と彼はそれからゆっくりと家を片づけた。
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伯母は祖母にご飯を食べさせ終わると荷物をまとめだした。
「じゃあお風呂、お願いね。それから今日お医者に連絡して今朝の話をしてみたら、明後日の午前にまた来て下さいっていう話になったから、アンタ時間があったら来てちょうだい」
「ああ良いよ。明後日午前なら空いてるから」
それから昨晩と同じように祖母に夕ご飯を食べさせ、トイレに連れて行き、風呂に入れ、就寝するまでを手伝った。
翌々日、医者から受けた話では、時間の感覚は習慣から逸してしまったために狂っているのだろうということだった。そして睡眠導入剤を処方してもらった。しかし、それでも祖母は催す度に置きあがっては転倒し、顔や頭に大きな巨峰みたいな痣を作った。後日、また医者を訪ねた時に聞いた話では、人の欲求の中で排便、排尿の生理的なものは幾ら睡眠導入剤を飲ませても凄まじいものがあって、目が覚めてしまうのだと言う。
「お祖母さんは意志の強い方ですね。普通尿意があってもあきらめて起きあがったりはしないんだけれども」
医者も薬を出すだけして、説明が後付けだと思うところもあった。しかし祖母が普通ではない人であったのだろう、伯母も彼も仕方ないのだと思う他なかった。