第23話 叔父の死②
父はあるきながら向こうの家のことを話しだした。
「――だけどバカだな。薬なんてそんなのは不健康だとか、あそこの婆さん言っちゃって、自然治癒だとか言って、——見殺しにしたんだぜ」
叔父さんは両親が居らず、母方の家庭に養子で来ていた。体調を崩してからは投薬治療のほか選択肢がなかったはずだ。けれどもそれは母方の祖父母に拒まれた。
「――見殺し、ね。――自然治癒か」
確かに、癌になって何もせずにいれば痛みばかりでやがて死ぬだけだろう。叔父はどう思っていただろうか。痛みに耐えながら、ただその時が来るのを何もせずに待っていることができるだろうか。それとも本人は何も知らされずに本当にただ見殺しにされたのだろうか。考え方の問題で人の死をたやすく考えているようにも思えるのは、この母方の家の異常性と言える。
「でもあの家、そういうの好きだよね。――無農薬野菜だとか、無添加だとか」
京子も有機農法の野菜のほうが良いだとか、病気も自然由来の漢方薬の方が身体に良いだとか、そんなことばかりで、食事で摂れる栄養などは一切気にせず、誰かの受け売りみたいな、悪徳商法にでも捕まっているのではないかということばかり言っていた。そして、実際彼は小さかった頃、体重は平均以下で、アレルギーやビタミン不足、喘息のためにたびたび病院に通い、あまり効き目のない薬を飲まさた。部屋は掃除されずに年中綿埃が宙を舞ってい、ハウスダストでそこらじゅう体がかゆいのを薬だけで治そうとして、掃除もしないし、まともな食事もとれずに栄養不足と疲労で帯状疱疹になったり、持病の喘息をいつまでも発症して止まなかったことを思い出した。
「小さかったときの俺もひどかったからなあ」
「そういうのも、いきすぎるとまともじゃないからな。知ってるか? 叔父さんの癌だって今は摘出しなくても割と簡単に薬で治るんだぞ」
「知ってる――。」
「母親と一緒にいたら、こっちがおかしくなっちまってたかもな」
彼はまた始まったと思った。母方の祖母は新興宗教にかぶれていた。その話は父にとって京子を虚仮にする材料に違いなかった。しかし、今回のことを考えると、父の言うこともあながち間違いではないとも思えた。彼自身、いやそれだけではなく、家族を滅茶苦茶にした家庭破壊者は孝道よりも京子に違いはない。それはK家跡継ぎのために悪知恵を働かせている爺さんと新興宗教にかぶれて、常軌を逸している婆さんの子供というだけで充分だった。
「あの一家、親子して干渉し合ってるんだから。母親に離婚をすすめてたのも爺さんなんだぞ――」
ただ離婚に関しての父のその言い方はどうだろうかと彼は思っていた。彼が父の方についたのは感情的な理由よりも経済的な理由にあった。住居を転々としているよりはマシなのだとはわかっていたから、彼は彼であの家に戻る気でいた。感情的な話をすれば、こんな独りよがりな家族と生活はしたくなかった。
「母親の大学の研究テーマ、秩父事件だってな」
「やっぱり全共闘支持とか革マル派なんて、学生運動の延長みたいな連中はだめだったなあ。思い出せば暗い女だったよ」
「今日いるんだろう?——」
「知らないねえ、顔合わせたくはないから、考えたくもないね」
「何で結婚したんだよ」
「今更そんなこと分からないな」
やはり父はいい加減な人であると彼は思った。時にそれに呆れさせられる。突き詰めればもともと無秩序無哲学な人のような気もするのである。