第21話 調停③
父が離婚を躊躇っているのは、人のせいにしたいためだからだ。彼にはそれがわかっていた。父は当然のように〝お前のせいで〟と口の端々から漏らした。この男に判断という言葉はないのだと彼は思って笑ってやった。京子は既にいてもいなくても変わらなかった。彼の中で母親という人はもういなかった。あの人は誰だったのだろうかという記憶だけがあった。しかしそう思いながらも彼の身体に母親の血が混ざっているという事実だけは変えられなかった。
父はある晩、項垂れた身体を床に付けた時、彼のことをこう言ったのだ。
「お前は間違って生まれてきたんだ」
彼は驚いた。戸惑いながら、しばらく何も言い返せなかった。どうして父が私を責めることができるのか、訳も分からなかった。 しかしこれもこの親の自分本位の現れにすぎないことであることは確かだった。
父は床に入って背を向けたまま黙っている。
「もう、死んでもいいか?」
「——バカ」
京子は父の年金の半分と、これからの生活費の一部として700万を渡すようにとだけ弁護士を介して言った。父もそれで折れて年金の半分は京子の権利になった。彼はそんな権利を京子に与えることすら、もったいないと感じた。家や家族を捨てた人間に生きる意味があるだろうかと思った。そんな人間が生きていることすら恥ずかしく思えた。そして、彼はそんな母親とは二度と会うことはないと思った。
離婚調停の間に母方の親戚の叔父さんが亡くなった。叔父さんは京子の姉の良人だった。
「叔父さんが死んだって」
「癌だったんだろう。知ってるよ。お前、焼香あげになんか行くつもりなのかよ」
「一応、世話になったから、叔父さんには。行かないと逆に気持ち悪いでしょう」
幸助と父は京子の姉のその良人と面識があったために、焼香だけあげに行くことにした。