第17話 けむりの家
⁂
クローゼットの前で幸助が孝道を殺せと言ってから、孝道はよりいっそう喚いた。
――殺せ! 殺せ! ……殺すぞ!
夏休みのある日、彼が予備校から帰宅すると祖母が迎えに出てこう言うのだった。
「こうちゃん。ちょっと、静かに、こっち」
祖母の手が彼を招いていた。
「今あっち行かないで、ちょっと」
彼は祖母の部屋に呼ばれた。
「しっ、静かにね」
彼は変な気がした。それは祖母が急に呼びとめたこともあったが、それよりも変に感じたのは、静かすぎることだった。
「ねえ、もしかして」
幸助は今まで予想していたことが本当に起きたのだとわかった。
「駄目よ。行っちゃ、駄目!」
彼は祖母が強くそう言うのを振り切ってリビングに向かった。
――!
皿の破片が床に散乱して足の踏み場がないぐらいに床を埋め尽くしている。部屋を仕切るドアも打ち破られて、目の前の硝子窓も粉々だった。食器棚もパソコンや電話もテレビも何もかも何かで叩ききったように滅茶苦茶に壊されていた。そして床には金属バットが転がっている。
幸助は二階の孝道の部屋に行った。家の中なのに冷たい風がひどく通っていた。 だいぶん陽の光も当てていない部屋の灯りをつけて入ると、黴と汗の臭いが鼻を殴るとともに、焦げつくような臭いがした。万年床の周りでは紙クズや下着が散乱していた。そしてその寝床の真ん中に、ひとつの空き缶が置かれている。その中で幾枚かの紙幣が燃やされて、灰がくすぶっていた。窓際には砕かれたガラス戸の破片がチラチラ光って、シャッターはあの金属バッドで殴ったのか、縦に裂けていた。そして孝道はどこにもいなかった。彼はそれらのすべてを一瞥して、孝道の部屋の向かいにある自分の部屋に行った。洋服箪笥に向かって、財布から取り出した父の名刺を見た。箪笥から服を取り出しながらそこに記されている番号にかけると、女性の声がした。
「はい、○○支部の××です」
「そちらの〇〇の息子です。父に繋いで下さい」
「はい、――〇〇さんの息子さん?」
父にはすぐに繋がった。
「家を出ます」
「どうした?」
「孝道が――」
「どこへ行くつもりだ」
「母親のところ」
「何があった、言え」
「わからない。でもとりあえず、限界です」
それだけ言ってすぐに家を出た。 彼は家の近くに間借りした母親の別居先にきていた。アパートの五階で、鉄筋コンクリートの建物で武骨な感じがするのは、もう十五年は外装修繕をしていないからであった。そんなぼろアパートを、荷物をパンパンにして階段を上がった。
京子の別居先は五階で、建物の高さの関係でエレベーターはなく、彼は階段を一段飛ばしながらぐいぐいあがって、以前手渡された合鍵を使った。彼は一番南の畳の敷かれている部屋に寝転がった。陽は既に午後の傾きにかかっていた。窓の形を矩形に畳へと映し出して、彼はそのおりたった陽光に左腕を伸ばしていた。