第15話 父との話
寝室でクローゼットを開けて衣類をしまっている彼と父がいた。
「あれをどうするつもりだ」
父は、仕事から帰ってもイライラしながら毎晩その話ばかりしていた。
「それを俺に聞くの――。」
彼は無責任な父親を隣に見て絶望を初めて感じた。
「それは俺がどうする問題じゃないでしょう? 孝道がああなったのは、俺のせいじゃないんだから」
彼も高校と予備校を行き来する中で、毎晩受け入れなければならないストレスを感じながら、なんの慰めにもならない話をされて苛立った。
「あんなの、どうにもならねえじゃねえか」
彼は父に何の考えもないことに唖然とした。信じられないという思いで、全身の毛が逆立つような焦燥を覚えた。
「どうにもならないって言ったって、しっかりやってないのはアナタたちでしょう? だいたい昔から孝道だって俺のことなんか邪険にしてきたんだから、いまさら俺が何か言うなんてこと、できないよ」
「おまえ、冷たい奴だな。――あんな夜中まで起きて叫んでたら、近所迷惑じゃねえか」
「そういう問題じゃないでしょう――」
「そういう問題だ」
――近所迷惑、
彼は父の中で何度も発せられるその言葉をもう一度胸の内で繰り返した。しかし何度繰り返したとしても父の考えに彼は全く同調できなかった。このような粗暴な言い方で言うセリフとしてはひどくくだらない言葉だ。孝道の問題を近所迷惑だからという理由で解決できる訳がないのはわかっているはずであった。現にそうした口論は母親が出て行ってから孝道と何度も繰り返してきたことだ。
「孝道を黙らせるのは確かにそうだけど、孝道にそれをいってもわからないんだから意味無いでしょう。アンタがそうやって怒ってばかりいたらなんにもならないよ」
「俺が悪いって言うのか? アイツをああしたのは母親だろう。毎月毎月、勝手に通帳の金渡して――」
父は誰かに責任を押し付けたいのか、彼や京子を問題にした。彼は誰が悪いとかの宛もない話をされることが一番気分が悪かった。父が前に京子としたような責任のなすりつけ合いみたいな言い分を続けることで、その不毛さが孝道の問題をどうでもいいという気分へすりかえられた。そして彼はその不毛なやり取りをどこへ解決に持っていくべきなのかいつも迷わなければいけなかった。けれども父に何を言おうとも、それは父の考えに当てはまることとは違っていた。
「アイツを説得するのは俺からじゃ無理だよ。そういう話は母親としてくれよ」
「母親がアテになると思うか? 俺が孝道に言ってことだって全部否定して甘やかしてばかりきたんだぞ」
「どうせ怒りながらそういうこと言ってたんだしょう?」
「なに? どうしようもねえ奴らだ、アイツもお前も。あんなことしてたらそこらじゅうから白い目で見られるんだぞ」
結局父は自分が悪く言われるのを嫌っているだけだった。彼にはもう何もできなかった。孝道に寄り添うのも彼の役目ではない。それを全うできない自分に余計な負荷をかけてくる父が情けなく見えたし、あまりに無責任な言い分を続けられて仕様もなかった。そして、彼は一つの結論を言う他なかった。
「明日があるのに、毎晩毎晩そんな話して、自分でどうにもできないんだったら、何で子どもなんて作ったんだよ。そんなに世間体のことが気になるの? 孝道をどうにかしなきゃいけないのに、それを問題にしてたってどうしようもないだろ――。今まで孝道自身のこと放っておいてああなったんだから、アンタらの育て方が間違いだったんだよ。 ――もう殺せよ。その方が早いよ。早く殺してなかったことにしちまえよ」
「バカ、黙れ。アイツに聞こえるだろう」
「関係ねえよ。先寝るから、黙ってくれよ」