第12話 入院
父が出張先から一時帰途に就いた。 ちょうどその日、地震があった。太平洋側沿岸を津波がのみ込んだ。東京地方も地をかき混ぜるような今までにない縦にも横にも回転するような揺れを感じた。まだ春にならない夕方近い時だ。
父と幸助は、地震の速報をテレビで見ていた。祖母は何が起こったのかよくわからないようだった。
幸助たちはその後、休止された番組の代わりに津波の映像を見続けた。祖母は、父がいるからなのかいつもより一生懸命になっていた。幸助たちがテレビに釘付けになっているのをよそにして「さあさあ」と声にしながら、張り切って料理を作りはじめた。彼はそれを見て、子供のころの元気な祖母を思い出した。
「祖母さん、俺に作る時と、アンタに作る時と全然違っちゃって笑っちゃうよ」
「普段なに作って貰ってるんだよ」
「大したもの作って貰ってないよ」
その日、久しぶりに祖母の美味い料理を食べた気がした。だがそれよりも、祖母があんまり張り切り過ぎていて、何だかいつもよりも無理をしているようにも見えた。 彼は食事を終えると、テレビに釘付けになっている父と話をした。
「職場に電話した方がいいんじゃないの?」
「ああな。あ、電話で思い出したけど、来週アイツのところに行くぞ?」
「アイツ? 孝道?」
「ああ」
父はそう言うとそのまま受話器を上げて番号を打った。
「アンタたち、ちょっと」
祖母は夕食の片づけを終えて、テレビを見ている彼らのところに来て言う。
「――私、調子が悪いわ」
「おい、幸助。祖母さん看とけ」
受話器にむかって手が離せない父は、構っていられないというような言い方だった。
「避難指示? ああ避難指示出したか――」
父はそんなようなことを電話相手に言っている。 彼は仕方なく祖母を便所に連れて行った。
老齢で足の上がらなくなった祖母はすり足で廊下をゆっくりと進んでいくが、彼は本当に体調が悪いのかわからずにいた。しかしトイレの前まで行くとそれ以上祖母は歩みを進められなくなっていた。
彼はしようもないのでトイレの前で祖母のズボンを脱がせた。
「祖母さん、臭いよ」
腐敗臭が彼の鼻を殴った。
「嫌ねえ」
祖母の顔を見るといつもの笑顔で壁に手をついて俯いている。
彼は祖母の脱いだ下着を見た。
「下痢だよ。下痢」
父は騒がしいのに気がついたのか、便所までやって来てこう言った。
「伯母さんに電話して、明日朝早く、病院に連れて行ってもらいなさい。俺は明日、赴任先に戻らないといけないから――」
彼は祖母に肩を貸して右のふくらはぎを掴んで上へ引っ張った。トイレの段差をどうにか超えさせて祖母を便座にようやく座らせることができた。
「祖母さん、そのまま待ってて」
彼はそれからすぐに伯母に電話した。伯母は父の姉である。明日という話をしたのだが、伯母はすぐに行くと言って電話を切った。
数分もしないうちに伯母は家を訪れ、すごい剣幕で父に言った。
「アンタ、大変よ。老人の下痢は命に関わるのよ」
「なに? そんなこと俺は知らなかったんだよ」
伯母はすぐに病院に電話した。祖母の熱をはかると38℃を超えていた。
祖母は家の車にすぐに乗せられて、病院へ向かった。医者の話を聞いて祖母はすぐに入院することになった。それはあっという間のことだった。