第11話 あの頃
資格もない京子は、パートタイムで施設に雇われている身だった。父親の意に反して京子は相談を持ちかけるというより室長に文句言ったのだ。
「あの二人はよく似ている」
父の決り文句のようなその台詞は孝道と京子のことを指している。京子はそのうちまともに仕事もできなくなり、職場に居づらくなった。
「契約外のしごとばかりさせられて、みんなで施設に訴え出る」
というようなおそろしいことをよく話すようにもなった。さらに京子は職場の同僚らしき人らに電話をかけては勤めている施設のことを公にするなどと話していた。
そして、最後は職場のワゴンで事故起こし、何もできずに仕事を辞めた。
彼はそのことを思い出しながら父は悪くないと考えていた。
祖母はこの話を
「ぶっそうねえ」と言っていたが、京子は確かに極端な行動に出ることが多かった。
「それで、そのワゴンの弁償に保険使えば良いのに、勝手に家の貯金崩して使ったりして」
「あの人、私の面倒なんて、一度も看てくれなかったのにねえ」
「はっは」
祖母は時々空とぼけたことを言うので、彼は声を出して笑うことができた。そして祖母は何も知らないような顔をして歯をむき出しにして笑った顔をする。 その笑い方は何かを思わせる笑いであったが、彼は気にせずに話を続けた。
「それで、だいぶ親父、怒ったんだよ」
「あんまり強く言っちゃあいけないのよ」
「でもそのことより、前からいろいろお金を使っていたらしくてね。どこまで浪費していたのかは知らないけど――」
「いやねえ」
「今の母親の生活費も、俺の学費とかに使うはずだった貯金をもっていったらしいんだ」
「…………」
「他にも、職場に向かう時に、家の車、ぶつけてね。廃棄にしちゃったりして。」
「へえ――」
祖母はなんとも言えないというようになにもないところを眺めた。
「はい終わり」
彼は貼り薬を祖母のやせ細ったふくらはぎに貼ってから、靴下を着せてから「おやすみ」 と言って自らの寝室へ向った。
京子は昔から家事が得意ではなかった。ある時から孝道は母親にうるさく干渉されるたびに、不能だといって、彼女の不出来な家事を責めた。孝道は作ったご飯に文句ばかりをつけて、食わずに自分で作って食べていた。洗濯も母親がするのとは別で自分のものだけをするようになった。休日を家ですごす時は、京子がいること自体を邪魔だと言って、たびたび彼女に対して怒りをぶつけるようになっていた。
孝道にとっての母はとても母と呼べるような人ではなかったのだろう。京子は昔から家にはほとんどいなかった。それでも顔を合わせれば孝道はいろいろ咎めたり罵ったりしていた。
――よく今まで。
彼はどうやってあのころを過ごしていたか、理解に苦しみながら眠った。