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けむりの家  作者: みけねこ
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プロローグ 祖母

「幸助、本当にいいのか」

「いいよ、その方が楽だから」

 父は彼がひとりになるのを心配していた。家には祖母のほかに誰もいなくなった。母と兄がいたが、家を出て行ってしまって、もういない。

「じゃあ、行ってくるから――」

 父も、簡単にこう言って出て行った。

 彼は〝ああ〟と言っただけだった。

 この時の彼には、毎日の生活のはしを明るくするに出来なかった。すべてやめてしまったことを、もう一度やりなおすということは難しかった。

 彼は家に残った。祖母と二人きりの生活だった。祖母は彼の帰りを待つ人だった。かえる人を待っているのが、家にいる責任だと思っていた。

 彼は大学に通っていた。帰りが遅くなるのは当然のようによくあることであった。けれども祖母は夜遅くなって、どこの家も寝静ねしずまってしまっても、眠らずに彼の帰りを待っていた。

「さき、寝て良いからね」

「そう――?」

 彼がそう話しても、翌日はまたおなじように彼を待っていた。祖母はいつも彼に笑顔をみせて話した。その顔は馴染なじみ深い顔だ。彼が保育園の頃からおくむかえにきては、その顔を見せた。彼にとってそれは良かったことを思い出せる唯一の顔だった。

 彼はしばらくして、はやく家に帰るようにした。どこかでまた彼は、しがらみからぬけ出せなくなっていた。家族というしがらみにすくいを求めていた。

 彼ははやく家に帰るようにしてから、友人とのつきあいを減らした。それは、彼自身の生活と友人たちとの間柄あいだがらがうまくリンクしなくなっていったからであった。そうした生活がつづいて、家にいる時間が多くなると、彼には考える時間が増えるようになった。

 どこかの国の映画で、終末期の老人が語っていた。彼は大学の課題や勉強をしながらそのセリフばかりを思い浮かべた。

 生きるっていうことは嫌なものです。生きていく以上、みんなとは必ず別れなければいけません。大切な人はたいてい私より早く死んでいきます。こんなこと、耐えられると思いますか。

 この一文がなぜだかいつまでも彼の頭の中で繰り返された。

 ――なんだかそうか。

 と思いながら、あたりが暗くなっていくことも忘れるぐらい長い時間をかけてしみじみする。なんだかくだらなくなって、より貧相な感情を抱えて眠る日もあった。

 彼は家で殆どの時間を一人で暮らしていた。近親との付き合いも殆ど何もなく、やはり夜中になると闇ばかりが彼のことを激しく襲ってきて、何をしていても息が詰まるような、吐きたくなるような変な気分にさえなった。

 静かな夜は何度も襲ってくると、やがては間違ったこともしてみたくなるものである。ある時から彼は大酒を飲むようになった。煙草も吸うようにもなった。女と遊び歩いて、帰らないという日もあった。眼がさめれば街中で転げ回った後だったり、何処だかもわからないと言う時もあった。それでも彼は学校にだけはちゃんと出席していた。それは寂しさと言うことからきていたのかもしれない。けして気の許せる友達がいたという訳ではないけれども、人が時折恋しくなってしようがなくなるのだ。でも結局、それがなぜなのか、はっきりとは自分でもわからない。もしはっきりとしたことがわかるのだったら、誰にでもいいから言ってしまいたいと感じていた。こんな良い気持ちもしないモノをいつまでも懐に抱えているのだとしたらそちらの方が気狂いだった。そうでなければあるいは、誰かに教えてほしいともおもっていた。でたらめでもいいから、彼がおちつきを持てるような軽快な言葉で分からせてほしいと思うのだ。

 けれども、そんなこと当然、誰も教えてくれはしない。つまりこういう感じで彼はどうしても一人だった。

 彼は学校の図書室で読んだ本のあらゆる悲劇と、自分とを照らし合わせて考えてみたりもした。だからと言ってそれが現実味を帯びているとも言えないし、彼にとっての現実は彼自身だったために、何の役にも立つはずがなかった。そのうちそもそも彼はなんでこんなに悩んでいるようにしているのだろうとも思うようになっていた。もともと彼は考え込む癖があるのだ。そうしていろいろ馬鹿みたいにつまらない時間ばかりを過ごしていくうちに、彼の頭はぽっかりと何かを振り切るように何もかも捨て去って、何も考えない頭をもって生きることを覚えていた。それが良いのか悪いのかと言えばけして良いとは言えないだろう。しかしそれが最善の策であった。

 そして彼の頭の中では、ながい時間で起きたまとまりきらない記憶がわきあがってきた。

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