表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

4-1

6/2


「結局どうなったんだ?」

 レジの中で接客待ちをしている俺の脇を、揚げ物の補充で通りがかったケンが肘でつんと小突く。思わず動揺して目が泳いだが、すぐにそれがライブ二日目のことだと気づいた。

「ああ・・・・・・面白かったよ。ケンとか、グーさんがあれだけ熱く語ってた意味が分かった気がする」

 だろ~? とケンが今度は背中をばしっと叩く。

「あの子、絶対ブレイクするぞ。ルックスもいいし、そのうちテレビとかにもバンバン出て注目されるだろうなあ」

 揚げたてのポテトと、コーヒーマシンの匂い。まだ朝早いということもあり、店内には頭にタオルを巻いた現場作業員ぽい若者が飲料コーナーにひとり。お菓子売り場では、面接で「別にお客様は店員に笑顔を求めてないから」と言って躊躇なく俺を採用してくれた店長が、仏頂面で顛末を手に発注作業をしている。

 実はさ、ライブの後にドラッグストアのトイレに駆け込んだら、なぜか一条アキも入って来て。その後一緒に牛丼(俺は肉抜き)食って、変な賭けをして、危うくホテルに連れ込まれそうになったんだよ〜。

 こんなこと言い出したら、ケンに「ついにおかしくなったか」と笑われるだろう。未だに現実とは認め難い、昨夜の出来事。

「で、結局笑ったのか?」

 俺はため息をつきながら、首を横に振る。そう。一連の引き金になったのは、俺がライブでひとりだけ《《笑っていなかった》》からだ。

 「そっか。まあ気にすんな。俺が今夜またいいとこ連れてってやるから」

 にやにやしながら、小声で耳打ちをしてくる。お笑いライブの次は……いったいどこへ連れて行くつもりなのか。

「ごめん、今夜はちょっと用事があってだな・・・・・・」

 ケンは何か怪しいな〜といった顔で俺をじろじろと見つめる。

「へえ。まさかコレ絡みか?」

 小指を突き立てる。確かに"女子と待ち合わせ"には違いないが・・・・・・そんな浮ついた感じではない。つい約束してしまったから、行かなくてはいけないだけだ。

 客が飲料と弁当を手にレジに来ると、俺は「しゃいませー」と真顔でスキャンを始める。温めますか? と聞いて、弁当をレンジの中へ。その間に会計を済ませ、温まった商品を飲料とは別々に袋に詰める。割りばしとおしぼりも忘れずに添えて、「ありがとうございましたー」と一礼して客を見送った。

 俺の手が空くのを見計らって、ケンがレジの奥から出てきてまた話を切り出した。

「やっぱりデートだろ? 隅に置けないやつだなぁ」

 ケンが俺の髪を指さす。普段はつけないのに、今日はワックスで固めている。だからと言って女の子と合うとは断定できないはずだが、そういうことに関してだけはこいつは無駄に鼻が利く。

「デートじゃない。悪霊に憑りつかれたもんだと思ってる。関わると、お前も巻き込まれるぞ」

「おいおい。どんな悪霊だよ」

 アキの顔を思い浮かべる。まさかあれだけ自分が俺に推していた人間だとは……夢にも思いはすまい。

「トイレに行かない」

 え? とケンが聞き返す。俺はぼんやりと雑誌のコーナーで立ち読みをする背広の背中を見つめながら、もう一度呟いた。

「俺に憑りついた悪霊は……トイレに行かないらしい。俺が笑うまではね」

 

 二日前にケンと待ち合わせるはずだった駅前の噴水前。少しだけ遊ばせた毛先を指先で気にしながら、俺は次から次へと入れ替わる人の波の中で、ぽつんと佇んでいる。

 かれこれ3時間。最初に来た時はまだ辺りは明るかった。あたりに座る場所もなく、もう足が限界を迎えようとしていた。

 昨夜のことを思い返す。ホテルに連れ込み、俺を笑わせるまで監禁しようとしたアキを、「明日のバイト終わりにまた続きをするから」と説得し、どうにか難を逃れた。

 スマホを取り出し、画面を見つめる。煌々とした明かりが俺の顔を照らす。待ち合わせ場所、時間はきちんと伝えたのに。……さては。一日経ったらもうどうでもよくなった? 単純に忘れている?

 でも、それならそれでもういいのかもしれない。あれだけ才能があって、ルックスにも恵まれている。笑わないフリーターの俺なんかと絡んでいても、彼女にとって何一つ良いことがあるとは思えない。

 そう何度も自分に言い聞かせるのだが。何時間経っても、俺はここから離れられずにいる。

 連絡先の交換もしていない。もしかしたら、事情があって遅れているだけかもしれない。俺の方から投げ出したら……何だか彼女に悪い気がしたからだ。

「ねえ」

 ぼーっとしていた。声が聞こえたのは気づいていたが、一瞬それが現実だとは認識していなかった。二の腕をつんつんする指の感触。首を向けると、Tシャツ姿のアキが、不思議そうな顔をして俺を見つめていた。

「うわ!」

 思わず驚いて後ずさる。アキがきょとんとした顔で、俺に歩み寄りながら言った。

「何で……まだ待ってるんですか」

 え。第一声がそれ?

「なんでって。約束したからだろ」

 ますます分からない、と言った感じで悩まし気な目をして、いつもの調子で上目遣いに俺を見上げる。

「怒らないんですか?」

 怒る? そういえば、そういう発想はなかった。

「……じゃあ、怒ってもいい?」

 首をふるふると横に振る。嫌なんかい。それにしても、ますます掴みどころがない人だな、と実感する。

「そんなことより……私、いいこと思いついたんです」

 噴水の細かい水滴が、心地よく頬を濡らす。辺りにはたくさんの人が行き交っていて、常に入れ替わり立ち代っていく。

 そんな状況なのに。次に彼女が口を開くまでの時間――俺と彼女だけの世界が、唐突に出現してしまったように感じた。

「コンビ組みませんか、私たち」

 一体この人は何を言っているんだろう。

 その一言で、俺を笑わせるつもりだったのだろうか。残念ながら、その試みは失敗だ。斜め上過ぎる提案をどう受け止めていいのか分からず、混乱状態に陥った俺は、ゆっくりと右腕を持ち上げ、自分を指さした。

「相方……になれ、と?」

 アキがふるふるうなずく。今度は首を縦に。自信に満ちた顔で。

「何で……俺?」

 待ってましたとばかりに口角を上げたアキは、ぐっと両手を伸ばし、俺の頬を掴みながら言った。

「モチベーションですよ。絶対に笑わないあなたという存在が傍にいることで、インスピレーションが次々と沸いてくる。久々に昨日は胸が躍ったし、楽しかった」

 至近距離で目を輝かせながら、熱弁するアキ。不覚にも、胸がドキドキしてしまった。いい匂いもするし、顔に触れられているのも恥ずかしくなってきた。

 どぎまぎしているのを誤魔化そうと、俺はわざとらしく口を尖らせた。

「それなら……別に友達とかでもいいだろ。相方じゃなくったって」

 途端にむすっとした表情に移り変わる。俺の鼻先を指さして、「ムカつく」と悪態をついた。

「私はあなたを笑わせたい。意地でも。どんな手を使ってでも。でも、それじゃあ不公平。同じ苦しみを味あわせなきゃ、納得がいかないと思いまして」

 ……思いまして? 

 想像の何倍も邪な理由で、俺は腰の力が抜けてしまった。

「と、いうわけで。行きましょう」

 躊躇なく俺の手を取り、歩き始めるアキ。つんのめりながら後をついて行く俺。早い。歩くの早い。

「ちょっと待って。質問、質問」

 挙手をしながら早足で歩くアキの前に駆け込んで行く手を阻む。

「はい。何でしょう。手短にどうぞ」

「……どこへ。何しに?」

 愚問だなあ、とでも言いたげに鼻で笑いながら、アキは俺の肩に手を置いた。

「ネタ合わせに決まっているでしょう。コンビですから」

 いきなり? 展開早すぎるだろ。

「場所はどこだよ。カラオケとか……? 路上は嫌だぞ。恥ずかしいから」

 今度はもう片方の手を肩にぽんと置き、涼しい顔をして言い放った。

「違います。私の部屋ですよ。さっさと行きましょう」

 私の・・・・・・部屋? めくるめく世界が脳内に充満して、くらくらした。そんなの無理。やばいって。なんていうか、女子の、そんな生活感のある空間に侵入するなんて。……まだホテルの方がましだ。

 俺の抵抗虚しく、アキは力強い足取りで手を引きながら進んでいく。

「ていうか、コンビを組むこと自体、まだいいとも何とも言ってないぞ」

 アキがスマホを翳し、改札を潜った向こう側で立ち止まる。俺はこっち側の世界で立ち止まり、二人は分断された。

 重なり合う靴音。反響する場内アナウンス。通過する列車の轟音。目の前には、無表情のまま、同じ動作をしながら改札を通り抜けていく機械的な人々。その流れの中心で、杭を打ったかのように立ち尽くす俺とアキ。

 彼女の唇が、動き出す。

「嫌なんですか?」

 とても哀し気に見えた。せっかく遊んでいたおもちゃを取り上げられた子供のように。名残惜しそうに、悔しそうに、こちらを見つめている。

 ここで振り返り、逃げてしまえば終わりだ。元通りの日常。昨日みたいに振り回されることも、さんざん心を搔き乱されることもないだろう。

 でも、俺は思った。彼女と俺の人生・・・・・・ここで繋がれば、何かが変わるんじゃないか。

 笑えない自分と、そんな自分を受け入れてくれない世界。しかし、世界は一つしかない。世界は変わらない。変えられるのは、”自分自身”だけだ。

 結局、断るという選択肢は俺の中になかったに違いない。舞台上と客席で、アキと出会った。その時点で、こうなることは運命として決まっていた。

 ポケットの中に手を突っ込む。スマホを取り出し、歩き始めた俺は、習慣的動作で改札を潜り抜け、アキの前に立った。

 時刻は……午後八時四十分。

 何も言わない。いや、言えない俺。でも、こちら側に来てしまった時点で、十分に意思を示してしまった。

「よろしく。相方」

 一条アキ。たった今俺のパートナーとなった彼女は、にっこりと笑って俺を迎え入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ