9.アンサー様のご乱心
「サナッ!!」
1ヶ月ぶりに一人で廊下を歩いていた私は、周りに誰もいなくなったタイミングでアンサー様に話しかけられた。
「なぜ疲労回復ドリンクを持ってこないんだ!」
……そっち? てっきりエミリア様のことを言われると思っていたのだけど……。
私は今まで毎日朝早くきてアンサー様の机に疲労回復効果のある特製ドリンクを差し入れしていた。だけど、もちろんエミリア様を虐めてほしいと言われた日からは持ってきていない。
「疲労回復効果なんて気休めに過ぎないっていつも言ってたじゃない?」
「気休めだけど、サナの作ってくれたドリンクだから飲みたいんだ。いつもそう言ってるだろう?」
アンサー様はいつもの目をして私を見つめた。今までは初恋フィルターを通していたから優しい瞳だと思っていたけれど、初恋フィルターが粉々になった今は、とてもズルい瞳に見えた。
「エミリア様に作ってもらったら?」
自分でも驚くくらいスラスラ言葉が出た。呪いが解けた自分凄し。
「サナ。嫉妬してつまらないことを言うと怒るよ。」
これもアンサー様のパターンだ。優しい言葉をかけても私が頷かないと、少し怒りを含ませる。
今までの私はそれで面白いくらいに何でも言うことを聞いていた。だけど……。
「もう私はアンサー様のためにドリンクを作らない。」
私の言葉にアンサー様は、目を見開いて顔を真っ赤にした。……怖っ。
だけどすぐにいつもの笑顔に戻って言った。
「サナ。いい加減にしないと本当に怒るよ。ほらっ。いつもみたいに僕の目を見て。そう。僕の目を見つめるんだ。
サナは拗ねているだけなんだよ。でも大丈夫。今まで通り特製ドリンクを作ってくれさえくれば僕はサナの側から離れたりしないから。サナならどうするのが一番良いか分かるだろう?」
えっ。怖いんですけど。洗脳? 今までこのやり方で言うこと聞いてた私ってヤバくない? 初恋フィルター恐ろしすぎる。目が覚めて良かったー。
「もう私はアンサー様に強化魔法をかけない。」
「おいっ!! 本当に怒るぞ。」
「怒ってももう怖くないわ。」
「なっ!? クロエ男爵令嬢に何か言われたのか!? 男爵家の奴なんかより僕の言葉を信じろよ!」
「クロエの爵位は何にも関係ないわ。」
「サナだってレオン様の爵位目当てなんだろ? 最近仲が良いって噂になってるよ。僕に焼きもちを焼かせるためなんだろ! でないとあんな気持ちの悪い男!」
「レオン様の外見は何も関係ないわ! 私の大切な人達を侮辱するのはやめて!」
私の言葉にアンサー様は、激昂した。
「サナは僕のだろっ! 僕のものなんだよ! 僕のために尽くすのがサナの幸せなんだ! なぁ! サナ。そうだろう!」
「私の幸せは私が決める。もうアンサー様の言いなりになんてならない。」
強い言葉とは裏腹に私の手は震えていた。呪いが解けたって怖いものは怖い。男性に怒鳴り付けられて怯えない女なんていない。……殴られたらどうしよう。
本気でそう思ってしまうくらいに今日のアンサー様は今まで見た中で一番不安定だ。……まさか疲労回復効果のあるドリンクを飲んでいないから? 『ドーピングドリンク』。クロエの言葉を思い出して私はゾッとした。
「サナ。今までは僕はサナを幼馴染みとしてしか見てなかったけど、もしかしたらこれからは一人の女性として見ることがあるかもしれないよ。サナが、僕に、今まで通り、尽くしてくれるなら。」
さっきまでとはうってかわって優しい声でアンサー様は言った。そして、あの懇願するような目をして私を見た。
「お願いだよ。サナ。僕にはサナしかいないんだ。」
「ごめんなさい。もうアンサー様の言いなりにはならない。」
「おいっ! いい加減にしろよっ!」
アンサー様は怒鳴って、私に向かって手を振り上げた。
私は咄嗟に防御魔法をかけた。私を殴ろうとしたアンサー様の体は、防御魔法に跳ね返されてそのまま後ろに転がった。
「ごめんなさい。」
倒れたアンサー様を見ることも、これ以上罵られることも怖くて、私は振り返ることも出来ないままその場から逃げた。




