8.解けた呪い
「サナ様! お願いです。嫌がらせはもうやめてください!」
クロエが守ってくれているおかげか、アンサー様にもエミリア様にも絡まれることなく穏やかに1ヶ月が過ぎた。
すっかり油断していた私がクロエとのんびりと食堂でランチをしていると、エミリア様が単身で突撃してきた。
あまりに突然のことに私達が呆然としている間にもエミリア様は周りに聞こえるように大声で話を続けた。
「ノートを破いたり、大切なものを捨てられたり、私、もう耐えられません。」
うるうると大きい瞳に涙を溜めてエミリア様は、怯えたように私を見た。やっぱ演技派だわ。
でもどうしよう? と私が悩むまでもなく、クロエがかばってくれた。
「サナには無理ですよ。」
「どっ、どうして断言出来るんですか?」
「この1ヶ月間、私は学園でサナとずっと一緒にいたので。」
「私が子爵令嬢で爵位が低いからってサナ様をかばうんですか!?
学園では身分なんて関係ないのに酷いです!」
「何か勘違いをされているようですが、私は男爵家の娘ですよ?」
「……はぁっ!?」
クロエの言葉にエミリア様は固まった。そんなエミリア様には構わずにクロエはエミリア様の口調を真似して、エミリア様と同じくらいに大声で言葉を続けた。
「私が男爵家の娘で爵位が低いからって私の証言は信じてくれないんですか!?
学園では身分なんて関係ないのに酷いです!」
クロエの言葉にエミリア様は真っ青になった。そして私達だけに聞こえるくらいの声で呟いた。
「どうして? このゲームにヒロインより爵位の低いキャラなんて登場しなかったのに。こんなモブに邪魔されるなんて。」
本気で何言ってるのかわからない。エミリア様って夢の中の住人とかなの? 恐怖。
私が怯えている間にも、演技派魂を取り戻したエミリア様は、いつもの愛らしい顔に戻って演技を再開した。
「私、そんなつもりじゃなかったんです。」
そう言って今にも泣き出しそうな顔をして去っていった。……アンサー様お得意の言い逃げね。……なんだかお似合いのカップルに思えてきたわ……。
「何を言っているのか全くわからなかったんだけど。」
エミリア様の意味不明発言にクロエも珍しく動揺していた。私は2回目だから少し免疫ついてたけど、初めてだとびっくりするよね。わかる。わかるよ。
「クロエ様さすがですね。僕が助けに入る隙がなかったです。」
呆然としている私達の前にレオン様が現れた。
クロエは、初めて話をした時に公爵家のレオン様がクロエを知っていてきちんとお礼も言ったことにとても好感を持ったらしく、たまに3人で話をする関係になっていた。
「サナ様。大丈夫でしたか?」
心配そうな声でレオン様は私に話しかけてくれた。
この1ヶ月で私はレオン様と何度も話をした。顔は見えないけれど、レオン様の声で私にはレオン様の気持ちが分かるようになってきた。
「はい。クロエが守ってくれたので大丈夫です。」
「それなら良かったです。」
心から安心してくれた声。
私は、恋というのは何かきっかけがあって、ある日突然に落ちるものだと思っていた。6歳のあの日にアンサー様に恋をした瞬間のように。
だけど、レオン様のことを知れば知るほど、私はもっとレオン様のことを知りたいと思って、レオン様のことを想い出すと胸が温かくなることに気付いた。
特別なきっかけなんてなかったけれど、レオン様自身を知ることで、私の気持ちは少しずついつの間にかレオン様に向かっていたの。
そして、思った。
6歳のあの日、震える背中で私を守ってくれたアンサー様に私は恋をした。それは、アンサー様の中身とかそんなものではなく、あの出来事がきっかけだ。
だけど、あの時、そこにいたのがアンサー様でなかったら?
もしもレオン様が、6歳のあの時、あの場にいたのがレオン様だったら? きっとレオン様も同じように私を守ってくれただろう。
そう思った時。アンサー様に対する私の呪いはきっと解けた。
ずっと特別に思っていた出来事は特別ではなかった。アンサー様は特別な人ではない。
だから、私はアンサー様に怯えることはきっともうない。




