6.黄色い花束
「ホワイト公爵家のレオン様からお見舞いの花が届いているよ?」
茶番から解放されてお屋敷に帰った私を迎えてくれたのはお兄様だった。
お兄様から渡されたのは、私の好きな黄色い色の花束だった。……花束なんて初めて頂いたわ……。
「えっ? でもレオン様は学園で一緒にいたのに。私が帰るより先にレオン様からの花束が届くなんて……。」
「ホワイト公爵家であれば、専属の魔法士くらいいるんじゃない?」
「……わざわざ私のために、魔法で花束を届けてくださったの……?」
「サナ。それより俺は『お見舞い』というのが気になるんだけど?」
お兄様は心配そうに私の顔を覗き込んできた。私は躊躇しながらも、中庭での出来事をお兄様にお伝えした。
「多分、アンサー様とエミリア様に濡れ衣をかけられそうになったことを不憫に思ってくださったんだと……。きっと気を遣って『お見舞い』としてくださったんだわ。」
私の話を聞いたお兄様は、昨日アンサー様と話をしていた時のような険しい顔になった。
「あのままで終わらないとは思っていたけど、アンサーがそこまで短慮だとは……。
サナは、それでもアンサーを拒絶できないということはやっぱりまだアンサーへの想いが断ち切れないの?」
……私は、昨日のアンサーさまの『サナは結婚しないことを本人が希望しているから世間で評判が落ちても支障ない』発言で完全に恋心は砕け散った。
そして今まで見えていなかったアンサー様の顔を昨日と今日で嫌というほど見て、自分でも薄情だとは思うけど、きっともう恋心は欠片もない。
だけど、10年間の記憶が、習慣が、私を縛る。私はこの10年間ずっとアンサー様の顔色を窺って生きてきた。アンサー様の機嫌を損ねないために何でもしてきた。……だから、きっと今でも私は……。
——アンサー様を怒らせることが怖い―—
「呪いのようだね。アンサーは、サナの気持ちを知っていて、うまく利用して、時間をかけて自分に逆らえないように縛り付けて。その知恵をもっと他のことに使えば良かったのに。
サナ。もっと早く呪いを解いてあげられれば良かったのに。ごめんね。」
私の言葉を聞いたお兄様が悲しそうに呟いた。
「いいえ。すべて私自身の責任です。私は6歳のあの日から初恋フィルターを通してしかアンサー様を見ることができていなかったから。」
「……ねぇ、サナ。これでやっとアンサー以外の男にも目を向けることができるんじゃない?」
確かに私は、アンサー様に恋をしてからアンサー様以外の男性を恋愛対象として見ることはたったの一度だってなかった。アンサー様と比べたり、その男性自身を見て判断するのではなく、アンサー様ではないという時点で私にとっては全員が恋愛対象外だった。
だって、私にとって『好きな人がたった一人であること』はごくごく当たり前のことだったから。
「たとえば心配して花束を贈ってくれる男性とか?」
「な、な、な、何を言ってるの? おっお兄様! レオン様は私なんかにはもったいないわ!」
「ふふっ。サナ? 真っ赤になってるよ? アンサー以外の男のことでサナが真っ赤になるのは初めてだね?」
お兄様の言葉に私は自分の顔がさらに熱を帯びるのを感じた。
昨日の朝までは『アンサー様が好き!』だったのに、たった一日半でこんなことになるなんて、私ってば尻軽クソ女なのではないかしら……。
「アンサーのことは僕に任せて? 少しだけ伝手があるんだ。」
「伝手……?」
「それでもサナ自身がアンサーにちゃんと断わることは、サナ自身が先に進むためにも必要だと思うけどね?」
「……はい。私は今日一度決意したのに、それでもアンサー様を前にすると何も言えなくなってしまったの。……でも今度こそ……。」
「焦らなくて良いよ。サナの気持ちが一番大切だから。
それに聞いている限りアンサー達の真実の愛(笑)のための計画はとても杜撰なようだし。」
自分の部屋に戻った私は、侍女が活けてくれた黄色い花達をディナーに呼ばれるまでずっとただただ眺めていた。




