5.ヒロインからの宣戦布告と茶番
「サナ様。」
お昼休みにアンサー様にお断りをする決意をした私だったけれど、いつも学園でアンサー様とお話をする時は、アンサー様が人目を憚って話しかけてくれるので、『次に話しかけられたら』というスタンスで、自分からアンサー様を探して話しかけることはしなかった。
そしてアンサー様と話をすることがないまま、放課後突然中庭で知らない声に名前を呼ばれた。
「エッ、エミリア様!?」
振り向いた私の目に飛び込んできたのは、ピンク色のふわふわの髪の毛に、クリクリした大きい瞳を持つとても愛らしい女の子。昨日から名前は何度も出ていたけれど、話をしたことなんてなかったしまさか突然話しかけられるなんて思っていなかった私はとてもびっくりした。
びっくりしている私に畳みかけるようにエミリア様は突然意味の分からないことを呟いた。
「運命の恋探しませんか?~桜の木の下で咲くLOVE~」
この人、何言ってるの? 単語はわかるけど意味が分からない。もしかしてエミリア様も痛い人なのかしら?
「……何ですか?」
ついつい残念なものを見るような目をしてしまいながら私は本気で困惑しながら聞いた。エミリア様はそんな私をじっと見つめた後で、愛らしい顔で笑った。
「良かったぁ。やっぱりサナ様は違うんですね。」
「……はぁ……?」
「安心しました。これで安心してあなたを陥れることができます。」
はいっ? この子、今可愛らしい口で何言った?
私が呆然としている間にエミリア様は、私のすぐ近くまでその距離を詰めていた。
「きゃーっ!」
突然、エミリア様が叫んで、そのまま地面にしゃがみこんだ。
「エッ、エミリア様? どっ、どうされたの……。」
ですか? と私が続けるよりも早く、この10年間私がずっと好きだった声がその場に響き渡った。
「エミリア嬢 どうしたんですか サナ エミリア嬢に何をしたんだ」
アンサー様!! 嘘でしょ。信じられないくらいに棒読みだわ!!
「アンサー様ぁ。突然、サナ様が私を突き飛ばしたのです。」
あっ。エミリア様はアンサー様の棒演技に一瞬顔を歪めたけれど、それでもそのまま続けることにしたのね。そしてエミリア様は演技派だわ。
「サナ 見損なったぞ エミリア嬢に嫉妬してこんなことをするなんて」
アンサー様!! 棒読みが止まらないわ。……なんてのんきなこと考えている場合じゃなかったわ。
これって、もしかして、もしかしなくても、私を陥れるつもりよね? でもいくらなんでもこんな無理矢理な設定無理があるんじゃ……。私は冷静に言った。
「私は何もしていません。」
「サナ様、酷いです!」
私の言葉に間髪入れずにエミリア様は大声で言った。でもここは中庭で周りに人もいるのだし、さすがに誰かは私が何もしていないことを見ているんじゃ……と、私が周りを見渡そうとした時にアンサー様が私の正面に立ちはだかった。
そして、私の大好きだったあの切実な瞳で私に語り掛けた。
「サナ。お願いだ。正直に認めてくれ。君がエミリア嬢を突き飛ばしたんだろう?」
……あぁ。これはあれだ。アンサー様は完全に私を舐めているんだ。
いつものように私がアンサー様の言葉を否定することなんて出来ないって分かっているから。
だから、どんなに不自然な茶番だとしても、大勢の人間が見ている前で私が自分でエミリア様を突き飛ばしたことさえ認めれば、後はどうにでもできると思っているんだわ。
だから、こんなにくだらない茶番を意気揚々と演じることができたんだわ。
「私は……。」
分かっているのに。アンサー様が私を利用しているだけだってことは昨日から痛いほど感じたはずなのに。それでも悔しくて苦しいことに、私は彼を否定できない。
そんな私を見てアンサー様は、いつものように優しく微笑んだ。『お願いだ。サナ。』唇がそう動いた気がした。
……お兄様。クロエ。私は大切な2人の顔を思い浮かべて、手を握りしめた。
そして、なんとか必死に言葉を絞り出そうとした、その時。
「エミリア様が自分でつまづいたところを見たよ。」
凛とした声が聞こえた。私が声をした方を見ると、その声の主は、公爵家のレオン様だった。
アンサー様は、自分より爵位が上のレオン様の登場に明らかに狼狽していた。
「でっ、でもっ、エミリアが、つっ突き飛ばされたと……。」
「つまづいて混乱していただけじゃないかい? エミリア様大丈夫ですか?」
レオン様はそう言ってエミリア様に手を差し伸べた。だけど、エミリア様はその手を取らなかった。だけど、自分達がとても不利だということには気づいたらしい。
「そうですね。私の勘違いだったかもしれません。
……アンサー様、保健室まで連れて行ってくれませんか?」
しおらしく言った後で、愛らしくアンサー様におねだりをしていた。アンサー様はそんなエミリア様にとろけるような笑顔を向けて、手を差し伸べていた。
……これって2人が付き合ってるって披露しているようなものなんじゃ……。
「サナ様に謝らないのかい?」
そのまま2人で去っていこうとするアンサー様とエミリア様に向かってレオン様が言葉をかけた。
アンサー様は、険しい顔をして振り向いた後で、私を見て大声で言った。
「今回は勘違いだったみたいだな。でも噂は僕のところにまで届いている! 僕は非力な女性が虐げられていることを見過ごすことなど出来ない!」
高らかに宣言した後で、アンサー様はエミリア様の手を引いて逃げるように去っていった。言い逃げというやつだ。
主役2人の逃亡により、突然始まった茶番は唐突に幕を閉じた。騒然としていた中庭には日常が戻った。
「レオン様。助けていただいてありがとうございます。」
私はレオン様に頭を下げた。
「噂って何のことだい?」
「……私がエミリア様を虐めているって噂になっているようなんです。」
「サナ様が? エミリア様を? なぜ?」
「さぁ……。」
私は曖昧に濁した。……嫉妬に狂っているという設定らしいです、とは言えなかった。
レオン様は、顔全体が長い前髪で覆われているので、どのような表情をしているかは見えないけれど、心配そうな声で言ってくれた。
「僕に何か役に立てることはあるかい?」
「いえ。今助けていただけただけで十分です。本当にありがとうございました。」
「何かあったらいつでも言ってほしい。」
「はい。いつも気にかけていただいてありがとうございます‼」
レオン様は私が困っている時にはいつもさりげなく助けてくれて、とても優しい方なのだ。……だけど、長すぎる前髪のせいで特に女生徒達には敬遠されている。先ほどエミリア様がレオン様の手を取らなかったのもきっとそのせいだ。
「レオン様。私、学園を卒業したら王宮で働く予定なんです! そして、治癒の研究をしたいんです! 今の魔法では傷や痛みしか癒せませんけど、絶対に後遺症も治せるようになると思うんです!」
私はレオン様に力強く言った。レオン様は幼い頃に顔に大きな火傷の痕を負ってしまい、その痕を隠すためお顔を隠されていると聞いたことがあったから。
だって、レオン様はこんな私にも優しくしてくださるとても良い方なのに、火傷の痕のせいで理不尽に敬遠されるなんて……。
「ありがとう。サナ様の気持ちが嬉しいよ。」
顔は見えないけれど、とても優しい声でレオン様は言ってくれた。




