3.アンサー様は性格が悪い?
「サナ。午後の授業で模擬試合があるんだ。強化魔法をかけてくれるか?」
あんな提案をしてお兄様に追い返された翌日にも関わらず、アンサー様はいつものように学園で私の近くに誰もいないタイミングを見計らって話しかけてきた。それでも学園に入学してから2年間の習慣で、私は言われるがままアンサー様に強化魔法をかけた。
「あと2時間は持つわ。」
「ありがとう。サナに魔法をかけてもらうと不思議な力が湧くんだ。」
……強化魔法だからね? 誰がかけても力が湧くに決まってんじゃん。
……はっ。今まではアンサー様のその言葉で私は馬鹿みたいに喜んでいたけれど、今日はなぜか冷静に心でツッコミを入れてしまったわ。もしかしてお兄様が言っていた初恋フィルターなるものが外れたから?
「サナ? どうかした?」
「あっ、いいえ。なんでもないの……。」
「それでさ昨日のこと考えてくれたか?」
「…………。」
「サナしか頼れる子がいないんだ。サナ。お願いだよ。僕の幸せのためにはサナが必要なんだ。」
懇願するようなアンサー様の瞳。この瞳で見つめられてお願いされたことを叶えるたびに私は幸せだと思えた。……だけど、これまで向けられた甘い言葉はアンサー様の本心だった?
「サナ。いつもみたいに『うん』って言ってよ。」
ほんの少し苛立ったようにアンサー様が顔をしかめて言った。10年間の習慣で私はアンサー様の機嫌を損ねるとビクッとしてしまう。
お兄様。ごめんなさい。私、やっぱりアンサー様に逆らえないかも……。
「サナ! ランチの時間が無くなっちゃうよ!」
私が思わず頷いてしまいそうになった時、救世主が現れた。親友のクロエが私とアンサー様の会話を遮ってくれたのだ。
「あらっ? アンサー様? いらしたんですね? 気付かずサナに話しかけてしまってすみません。」
「クロエ男爵令嬢! 人が話している時に割り込むのはマナー違反では?」
「すみません。でもお昼休みが終わってしまうのでサナを返していただいて良いですか?」
「……わかったよ。サナ。この話はまた後で。」
アンサー様はクロエに不愉快そうに言った後で、私にはいつもの笑顔を向けて去っていった。
「クロエ。ありがとう。」
「邪魔しちゃ悪いかなと思ったんだけど、いつもはアンサー様と話していると目がハートになっているサナが、珍しく困っているようだったから……。」
「……目がハートになっている……。もしかしてクロエも気付いて……。」
「んっ? サナがアンサー様を好きということ? えっ? 気付かれてないと思ってたの!?」
「ひぃぃぃー。もっ、もしかして、他の人も皆……?」
「いやぁ。私くらいしか気づいてないと思うよー。アンサー様ってさ、周りに人がいない時にしかサナに話しかけないじゃない?」
「……アンサー様にはリーズ様という婚約者がいるから……。」
「いや? 後ろめたいからじゃない?」
「えっ?」
「サナにやらせてることがドーピングだって分かってるから人に見られたくないんじゃない?」
当たり前のように言い切ったクロエに私は愕然としてしまった。あれっ? お兄様と同じ見解?
「……今までそんなこと言わなかったじゃない。」
「だって何を言ってもサナは信じなさそうだったからさ。アンサー様の言うことは絶対! みたいな空気だったよー。」
「じゃあどうして今日はそんなにはっきり言ってくれるの?」
「さっきアンサー様と話してるサナを見てたら今までにないくらい暗い顔してたからやっと目が覚めたのかなって。
せっかくだから言っちゃうけどさ、アンサー様って普通に性格悪いと思うよ?」
「……えっ?」
「あの人、私のこと絶対に『クロエ男爵令嬢』って男爵を強調したアクセントで呼ぶでしょ? 自分より格下だから見下してるのよ。っていうか、男爵家以外の人には爵位をつけてないじゃない?」
恐るべし初恋フィルター。言われてみたらその通りだわ。アンサー様は婚約者のリーズ様や幼馴染の私のことは呼び捨てにしているけど、それ以外の皆のことは『〇〇嬢』と呼んでいる。だけど確かにクロエや他の男爵家の方をお呼びするときには『〇〇男爵令嬢』とわざわざ爵位をつけて呼んでいるわ。
……そんなこと今までだって気付けたはずなのに、私の目は完全に曇っていたんだわ。
「クロエ。今まで気づけなくて不愉快な思いをさせてごめんなさい。」
「だからサナは関係ないってば! アンサー様のすることにサナが心を配る必要なんてない! 今までもずっと言いたかったけど、サナは自分の気持ちを隠したいみたいだったから……。」
クロエは俯いて『ずっと言えなくてごめんね』と言った。
私は本当に自分が恥ずかしくなった。家族や親友にこんなに心配してもらっていたのに。初恋フィルターのせいで大切なものが何も見えていなかったんだわ。
「あのね、クロエ。私の初恋の話を聞いてくれる?」
そうして私は初めてアンサー様に恋をした時の話をした。吐き出したらなんだかスッキリしたし、昨日粉々に砕けた初恋の欠片を掃除できた気がした。
それから昨日アンサー様からされたとんでもないお願いもクロエにすべて話したの。
「あのクソ最低ドーピング浮気野郎!」
「クッ、クロエ。おっ、落ち着いて。アンサー様がめちゃくちゃ酷い呼び名になってる……。」
「でもサナは、エミリア様を虐めるなんてそんなこと了承してないのよね?」
「えぇ。昨日はお兄様が断ってくださったし、今日はクロエが話しかけてくれたから……。」
私の言葉を聞いたクロエは安心したように息を吐いたけど、それから真剣な顔をして私に言った。
「……でもサナがエミリア様を虐めているっていう噂が流れてる。」




