1, プロローグ
前を見ても、後ろを見ても、気持ちの悪い生き物が武器を構えている。雑魚敵の代表格である、ゴブリンに包囲されてしまった。こんなときに健太とはぐれてしまうなんて、運命が敵になっているにちがいない。開始初日の俺は、バフを打たないと雑魚に対してもやっていけない。飾りが大量につけられた、重たいフリルの裾をつまみあげてくるりと回る。声を作るために、息を吸う。
「許してにゃん♡」
俺は、これまでで一番のカワイイを発揮した。するとすぐに、体に力がみなぎってきた。このまま殴り殺してしまおう。可愛い(と言っていいのか?)釘バットで、敵をぶん殴る。血が出ない世界観のゲームで本当によかった。真っ白のバットが血塗れになっていたら、メンヘラ女と言われても仕方がない格好だ。ロリータもどきのふりふりのスカート、分厚いブーツ。どう見たって地雷女だ。
「グオオオオオ」
一匹はやった。こんなに苦労しても一匹なのか。日が暮れるまでに終わる気がしない。仕方がない、あのクソみたいな魔法を使うしかないのか。一旦敵と距離を取り、バットを納刀する。両手でハートを形作り、あの憎たらしい魔法の呪文を、震えながらつぶやく。
「すきすきちゅっちゅ、らぶびーむ!」
途端、敵は爆散した。自分の顔も爆散しそうだが。恥ずかしさに攻撃力が比例してるのか、というくらい強い呪文だ。
気持ち悪く見えないように、青く処理されていたゴブリンたちの破片が消滅した。消えないうちにドロップアイテムを回収してしまおう。小さなポーチに、ビー玉のようなものを押し込む。よくある魔力のコアのシステムを採用したゲームらしい。ゲームシステム自体はよくある、よくあるものなのに。
「なんでこんなゲームに来ちゃったんだろう……」
透き通った池に向かって話しかけた。水面に映る、可愛い少女は返事をしてくれない。だって、これがここでの俺だもんな。
――話は、おおよそ3時間前へと遡る。
次話は本日24時更新予定です。