10 許せない!
「どうやら、この世界の文明レベルは、中世以前のようだな」
道に残っている痕跡を調べながら、ジョーカーが言った。
舗装がされておらず荒れ土が露出した道には、動物らしき足跡と轍の跡がいくつも残っている。結奈が見ても、それは馬車みたいな物を大型な生き物で引いた痕跡だと思えた。
そして、まわりの風景。自然が多く、文明的な建造物は一切見当たらない。ジョーカーの下した判断に、結奈も概ね同意だ。
「足跡の大きさと間隔から見るに、体高は二メートルほど、二本足で走る恐竜のような生き物。人に飼われているのを見ると、基本は安全か」
「ねぇ? っていうか、あなたに言っても無駄かもしれないけど、私たち、ちょっと物わかりが良すぎないかしら?」
ひとりでさらに分析を続けるジョーカーに結奈が話しかけた。
「無駄だとわかってる相手に質問することのどこが、物わかりがいいんだ?」
「いや、そういう皮肉は置いといて――。普通だったら、死んだはずなのに生きていて、いきなり悪魔だって人に神様を殺してくれなんて頼まれて、見たこともない世界に飛ばされたらさ、もっとこう、ほら、『現実が受け入れられない~』的なリアクションするもんじゃない?」
ジョーカーはゆっくりと結奈のほうへ向き直ると、言いにくそうに口を開いた。
「実は……俺も同じだ。その気持ちすごくよくわかるぞ」
「ほ、本当!? だよね? だよねっ!?」
結奈は思わず前のめりになって喜んだ。表には出さなかったが、実はかなり混乱していたのだ。
ジョーカーも自分と同じだと聞いて、ほっと安堵するとともに親近感を覚える。
いまは二人しかいないのだ。この気持ちがストックホルム症候群だとしても構わない。
「な~んてな」
「は?」
ジョーカーが冷めた表情で吐き捨てるように言った。
「そんな無駄なことに時間を割いてどうする? この程度で混乱しいていたら戦場では生き残れんぞ。日本の警察は教育がなっていないな」
「わ、わわわわかってるわよ!」
結奈自身も警察の特殊部隊で訓練を受けてきた経験を持つ。状況の変化で動揺していたら駄目なことくらい理解していた。
わからないことは考えるな! 如何に任務を遂行するかだけを考えろ!
そう体に叩き込まれてきた人種なのだ。だからこそ、必死で混乱する思考を押さえ込んできていたのに、不安を吐露したとたん、持ち上げて落とされた。なんて酷い奴なんだろう。
「だったら、最初からそう言いなさいよ。なんで『気持ちわかる~』的な態度とったのよ?」
「なにを言ってるんだ? 持ち上げなければ、落としたときのショックも弱いだろ? 覚悟していることを言っても、相手は傷つけられないぞ」
「あ~、はいはい。あなたが最低のクソ野郎だってことを忘れていたわ。うふふ、私って本当に馬鹿よねぇ」
結奈は怒りで、顔がぴくぴく痙攣するのを止められなかった。
「ようやく自分を正しく認識できたか。それは良かった。あやうく君の無駄な質問を、本当に無駄にするところだった」
「あなたねぇ――」
本気でぶん殴ってやろうとかと結奈が思ったときだ。
「静かにしろ」
ジョーカーが真剣な顔で結奈を制止してきた。そして地面に耳を当てる。その緊迫した態度に結奈も警戒を強める。何かが近づいてきているのだ。
ふと、結奈の耳にも、かすかに誰かの声が聞こえてきた。人が叫ぶような剣呑な声。
「なんだかヤバい雰囲気。そこの森に隠れましょう!」
「命令だ。お座りしろ」
「ワン! ――って何やらすんのよ!」
ジョーカーの命令で犬のようにお座りした結奈が、顔を真っ赤にして怒る。
「君は馬鹿か? 馬鹿か君は? 森なんてトラップの宝庫だぞ。それにこの世界の生き物は、俺たちの知っている生き物とは大きく違う。何が起こるかわからんぞ?」
正論を言われ、結奈はぐうの音も出なかった。ジョーカーの分析どおり、車を引いていた生物は恐竜みたいなモノだと推測できる。
神や悪魔がいるような世界観なのだから、人を食らうような怪物がいても不思議ではない。
そして森といえば、一般的には生き物の宝庫だ。見たこともない怪物が、うじゃうじゃいる可能性のある森に飛び込むのは、確かに自殺行為といえる。
「丘の上に戻るぞ。あそこなら周囲を見渡せる」
「そうだけど、周囲に隠れる場所がないわ。いざというとき逃げ切れないわよ」
「そのときは諦めろ」
「はぁ? 諦めろって……」
「リスクを避けようとするのは獣から進化していない証拠だ。犬っころの君には理解できないかもしれないが、リスクは受け入れたうえで行動しろ。かえって最悪の結果になる」
「そ、それくらい知ってるわよ! ちゃんと研修で習ったんだから!」
トラップや作戦行動の多くは、人が持つリスク回避の性質を利用して仕掛けることが多い。リスクを回避しようする瞬間、人は視野が狭くなり、全体像を見渡せなくなる。
また、騙し合いのゲーム理論でも、目の前の小さなリスクを回避する行動をとっていると、最終的に損することがわかっている。
裸の写真をバラまかれたくなかったら言うことを聞けと言われ、そのリスクを恐れて言うことを聞いてしまったが故に、人生を棒に振った少女たちの姿を何人も見てきた。
頭では理解していることだったが、それを実践するのは至難の技だ。ジョーカーとの精神的な実力差まで見せつけられた気分だ。
丘に登り、身を伏せたタイミングで、視界の隅に一台の馬車が映る。いや、それを馬車と呼ぶのは正しいのだろうか?
車を引いているのは、二匹の巨大なトカゲのような生き物。エオラプトルという恐竜を彷彿とさせる。
恐竜の後ろには手綱を持った髭面の男がひとり、そして屋根のない荷台部分には、二人の男が乗っていた。三人とも腰に剣と、胸当て程度の簡素な鎧を着ている。
「――なっ!?」
結奈は自分の目を疑った。荷台の尻には三人の子供が鎖で結びつけられていたのだ。
当然、車の速度に子供の足がついていけるはずもなく、左右の子供は既に走ることをやめ、血と泥にまみれながら無抵抗に引きずられていた。
「ほらほら、速く走れよ! ボロ布になっちまうぞ! ヒャッハー!」
「ほら、もっと頑張らねえと、おまえの母ちゃんが酷い目に遭っちまうぞ! がははははは!」
先ほどかすかに聞こえた声は、いたいけな子供を煽る、この鬼畜どもの声だったのだ。
唯一走っている中央の女の子は、体力の限界が近いのか、生気のない表情のまま必死に足を動かしている。
すぐにでも助けにいかなければ、無残に地面に叩きつけられて、その幼い命を散らすことは容易に想像ができた。
「……言葉は理解できる、か。これは便利だな」
ジョーカーが冷静な感想を口にする。
「なに、どうでもいい感想漏らしてんの! ……なんて酷い」
憤慨した結奈は、ガバッと立ち上がると、ジョーカーが腰に差していたロングソードを手に取った。現在持っている武器は、二人合わせても、このロングソード一本しかない。
「相手の戦力は未知数だぞ」
「私の役目は人を助けること。見捨てるなんて選択肢はないわ!」
「まあいい。序盤に『ヒャッハー』とか言って登場する奴は、たいてい雑魚だと相場が決まっている」
結奈はジョーカーには答えず、飛び降りるようにして車の前に躍り出た。
「止まりなさい!」
突如現れた結奈に、恐竜たちは驚き、車が大きくバランスを崩す。荷台に載っていた男たちは投げ出され、鎖でつながれていた子供も大きく円を描くようにして、地面の上を転がった。
† † †
「――さて、どの程度の相手かな?」
そんな彼らの様子を、ジョーカーは丘の上から眺めていた。
ドクン、と体の中で何かが暴れ出しそうになる感覚がある。これはレクイチェルからもらった契約者の力。
彼女がこの世から消えても、悪魔との契約は消えなかった。それが普通なのか、ドリフターズのせいなのかはわからない。
結奈はどうやらジョーカーの使徒となっているらしい。目に見えぬ脈流のようなものでつながっている感覚がある。ここに力を送り込めば、彼女を強化することが可能だ。
レクイチェルから説明を受けたわけではないが、蜘蛛が生まれながらにして複雑な巣の張り方を知っているように、ジョーカーも本能的にそのことを理解できていた。
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<次回>
次は戦闘。異能の力を持つ敵に、結奈は・・・。




