表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/28

10 許せない!

「どうやら、この世界の文明レベルは、中世以前のようだな」


 道に残っている痕跡を調べながら、ジョーカーが言った。


 舗装がされておらず荒れ土が露出した道には、動物らしき足跡と轍の跡がいくつも残っている。結奈が見ても、それは馬車みたいな物を大型な生き物で引いた痕跡だと思えた。


 そして、まわりの風景。自然が多く、文明的な建造物は一切見当たらない。ジョーカーの下した判断に、結奈も概ね同意だ。


「足跡の大きさと間隔から見るに、体高は二メートルほど、二本足で走る恐竜のような生き物。人に飼われているのを見ると、基本は安全か」


「ねぇ? っていうか、あなたに言っても無駄かもしれないけど、私たち、ちょっと物わかりが良すぎないかしら?」


 ひとりでさらに分析を続けるジョーカーに結奈が話しかけた。


「無駄だとわかってる相手に質問することのどこが、物わかりがいいんだ?」


「いや、そういう皮肉は置いといて――。普通だったら、死んだはずなのに生きていて、いきなり悪魔だって人に神様を殺してくれなんて頼まれて、見たこともない世界に飛ばされたらさ、もっとこう、ほら、『現実が受け入れられない~』的なリアクションするもんじゃない?」


 ジョーカーはゆっくりと結奈のほうへ向き直ると、言いにくそうに口を開いた。


「実は……俺も同じだ。その気持ちすごくよくわかるぞ」


「ほ、本当!? だよね? だよねっ!?」


 結奈は思わず前のめりになって喜んだ。表には出さなかったが、実はかなり混乱していたのだ。

 ジョーカーも自分と同じだと聞いて、ほっと安堵するとともに親近感を覚える。


 いまは二人しかいないのだ。この気持ちがストックホルム症候群だとしても構わない。


「な~んてな」


「は?」


 ジョーカーが冷めた表情で吐き捨てるように言った。


「そんな無駄なことに時間を割いてどうする? この程度で混乱しいていたら戦場では生き残れんぞ。日本の警察は教育がなっていないな」


「わ、わわわわかってるわよ!」


 結奈自身も警察の特殊部隊で訓練を受けてきた経験を持つ。状況の変化で動揺していたら駄目なことくらい理解していた。


 わからないことは考えるな! 如何に任務を遂行するかだけを考えろ!


 そう体に叩き込まれてきた人種なのだ。だからこそ、必死で混乱する思考を押さえ込んできていたのに、不安を吐露したとたん、持ち上げて落とされた。なんて酷い奴なんだろう。


「だったら、最初からそう言いなさいよ。なんで『気持ちわかる~』的な態度とったのよ?」


「なにを言ってるんだ? 持ち上げなければ、落としたときのショックも弱いだろ? 覚悟していることを言っても、相手は傷つけられないぞ」


「あ~、はいはい。あなたが最低のクソ野郎だってことを忘れていたわ。うふふ、私って本当に馬鹿よねぇ」


 結奈は怒りで、顔がぴくぴく痙攣するのを止められなかった。


「ようやく自分を正しく認識できたか。それは良かった。あやうく君の無駄な質問を、本当に無駄にするところだった」


「あなたねぇ――」


 本気でぶん殴ってやろうとかと結奈が思ったときだ。


「静かにしろ」


 ジョーカーが真剣な顔で結奈を制止してきた。そして地面に耳を当てる。その緊迫した態度に結奈も警戒を強める。何かが近づいてきているのだ。


 ふと、結奈の耳にも、かすかに誰かの声が聞こえてきた。人が叫ぶような剣呑な声。


「なんだかヤバい雰囲気。そこの森に隠れましょう!」


「命令だ。お座りしろ」


「ワン! ――って何やらすんのよ!」


 ジョーカーの命令で犬のようにお座りした結奈が、顔を真っ赤にして怒る。


「君は馬鹿か? 馬鹿か君は? 森なんてトラップの宝庫だぞ。それにこの世界の生き物は、俺たちの知っている生き物とは大きく違う。何が起こるかわからんぞ?」


 正論を言われ、結奈はぐうの音も出なかった。ジョーカーの分析どおり、車を引いていた生物は恐竜みたいなモノだと推測できる。

 神や悪魔がいるような世界観なのだから、人を食らうような怪物がいても不思議ではない。


 そして森といえば、一般的には生き物の宝庫だ。見たこともない怪物が、うじゃうじゃいる可能性のある森に飛び込むのは、確かに自殺行為といえる。


「丘の上に戻るぞ。あそこなら周囲を見渡せる」


「そうだけど、周囲に隠れる場所がないわ。いざというとき逃げ切れないわよ」


「そのときは諦めろ」


「はぁ? 諦めろって……」


「リスクを避けようとするのは獣から進化していない証拠だ。犬っころの君には理解できないかもしれないが、リスクは受け入れたうえで行動しろ。かえって最悪の結果になる」


「そ、それくらい知ってるわよ! ちゃんと研修で習ったんだから!」


 トラップや作戦行動の多くは、人が持つリスク回避の性質を利用して仕掛けることが多い。リスクを回避しようする瞬間、人は視野が狭くなり、全体像を見渡せなくなる。


 また、騙し合いのゲーム理論でも、目の前の小さなリスクを回避する行動をとっていると、最終的に損することがわかっている。


 裸の写真をバラまかれたくなかったら言うことを聞けと言われ、そのリスクを恐れて言うことを聞いてしまったが故に、人生を棒に振った少女たちの姿を何人も見てきた。


 頭では理解していることだったが、それを実践するのは至難の技だ。ジョーカーとの精神的な実力差まで見せつけられた気分だ。



 丘に登り、身を伏せたタイミングで、視界の隅に一台の馬車が映る。いや、それを馬車と呼ぶのは正しいのだろうか?

 車を引いているのは、二匹の巨大なトカゲのような生き物。エオラプトルという恐竜を彷彿とさせる。


 恐竜の後ろには手綱を持った髭面の男がひとり、そして屋根のない荷台部分には、二人の男が乗っていた。三人とも腰に剣と、胸当て程度の簡素な鎧を着ている。


「――なっ!?」


 結奈は自分の目を疑った。荷台の尻には三人の子供が鎖で結びつけられていたのだ。

 当然、車の速度に子供の足がついていけるはずもなく、左右の子供は既に走ることをやめ、血と泥にまみれながら無抵抗に引きずられていた。


「ほらほら、速く走れよ! ボロ布になっちまうぞ! ヒャッハー!」


「ほら、もっと頑張らねえと、おまえの母ちゃんが酷い目に遭っちまうぞ! がははははは!」


 先ほどかすかに聞こえた声は、いたいけな子供を煽る、この鬼畜どもの声だったのだ。


 唯一走っている中央の女の子は、体力の限界が近いのか、生気のない表情のまま必死に足を動かしている。

 すぐにでも助けにいかなければ、無残に地面に叩きつけられて、その幼い命を散らすことは容易に想像ができた。


「……言葉は理解できる、か。これは便利だな」


 ジョーカーが冷静な感想を口にする。


「なに、どうでもいい感想漏らしてんの! ……なんて酷い」


 憤慨した結奈は、ガバッと立ち上がると、ジョーカーが腰に差していたロングソードを手に取った。現在持っている武器は、二人合わせても、このロングソード一本しかない。


「相手の戦力は未知数だぞ」


「私の役目は人を助けること。見捨てるなんて選択肢はないわ!」


「まあいい。序盤に『ヒャッハー』とか言って登場する奴は、たいてい雑魚だと相場が決まっている」


 結奈はジョーカーには答えず、飛び降りるようにして車の前に躍り出た。


「止まりなさい!」


 突如現れた結奈に、恐竜たちは驚き、車が大きくバランスを崩す。荷台に載っていた男たちは投げ出され、鎖でつながれていた子供も大きく円を描くようにして、地面の上を転がった。


  †  †  †


「――さて、どの程度の相手かな?」


 そんな彼らの様子を、ジョーカーは丘の上から眺めていた。


 ドクン、と体の中で何かが暴れ出しそうになる感覚がある。これはレクイチェルからもらった契約者の力。


 彼女がこの世から消えても、悪魔との契約は消えなかった。それが普通なのか、ドリフターズのせいなのかはわからない。


 結奈はどうやらジョーカーの使徒となっているらしい。目に見えぬ脈流のようなものでつながっている感覚がある。ここに力を送り込めば、彼女を強化することが可能だ。


 レクイチェルから説明を受けたわけではないが、蜘蛛が生まれながらにして複雑な巣の張り方を知っているように、ジョーカーも本能的にそのことを理解できていた。

お読みくださりありがとうございます。


楽しんでいただけましたら、ブックマークと、下にスクロールして☆を押していただけるとすごく嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!


<次回>

次は戦闘。異能の力を持つ敵に、結奈は・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ