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3 動き出した歯車




「彗星の如く現れた魔導騎士たちは全員が見目麗しく、多くの貴族令嬢たちを虜にしているらしい」

「へえ、そうですの」


北の森の館でいつものように午後のお茶と読書を楽しむスピカの前に居座る男はどんなにスピカが興味なさそうにしていても飽きることなく自らが聞き及んだ噂話を話し続けている。


10歳で領に移り住んでから10年ほど経った頃、弟子たちの修行のかたわら北の森で過ごす時間にこの男は突然現れた。

始め、放蕩貴族のような衣服に身を包みながらオリヴァーと名乗った男に不敬にも程があるとスピカは強制的に森の外へとご帰還いただいた。

オリヴァーとは偉大なる初代国王の名であり、今なお国王にのみ受け継ぐことが許されている名前である。

そんな御名を本名を名乗りだせもしないような男が使っていい物ではない。

そう酷く怒ってスピカにしては手荒に追い出したのだが、それでも男は懲りることなく彼女の元へと足しげく通い続けたのだ。


はじめは何が目的なのか探ろうとしても「気になる女性のもとに足繁く通っているだけだよ」と裏しか無さそうな笑顔で押し通そうとする男をスピカは鼻で笑った。

麗しき深窓の姫君ならいざ知らず、20歳と適齢期にしてもスピカはすでに社交界において引きこもり令嬢の名が知れ渡っている。

引きこもりが実は妖艶であるか逆に完璧なまでの清楚な淑女ならばまだそう恋われることもありそうだが、生憎と自分に自信を持って胸を張れたことなど一度も無いスピカにとって当然の反応だったが、それには男は至極不服そうな顔をしていた。

あとあとその話を弟子たちにもした時に男と同じ反応を返され、しかも深く深くため息を吐かれたことはとても心外である。


それから8年もの月日通い続けるという男の執念とスピカの諦めによって今では日課のティータイムに彼の分までカップが用意される始末。

自身の弟子でもある侍女をねめつければ、姉弟子たちが面倒を見ている孤児院へ良くしてくれているためにぞんざいな扱いはできないと困った顔で返されてしまった。

この男、どうやらちゃっかり外堀を埋めているらしい。


とはいえ今のところ口説き文句も受け流せばそれ以上は口にしないため困ったことにはなっていないので放置しているのが現状で、よくもまあ飽きないし諦めないものだとスピカは思っていた。

そんな男は今日も今日とてスピカの元へとやってきては一方的な会話を続けている。


「それでその魔導騎士たちはなんと全員が宝石の名を名乗っていてね。偽名かと問うても実名だというんだ。まあその名に違わぬ見目を持っているからいいものの、そうじゃなければ名前負けもいいところだよね」

「ええ、そうなのでしょうね」


本から視線を動かすことなく相づちをうったスピカは当たり前だと心の内で付け足した。

そう、当たり前なのである。

なぜならばその噂の彼らはスピカが育て上げたあの孤児院の子供達であり、その名前もスピカがつけたのだから。


親に捨てられる子達の理由は様々であるが、中には高すぎる魔力の制御が出来ず親を害したり疎まれたりして捨てられた子も多くいた。

そうした子等を預かったのはいいものの抑えきれない魔力の対処に困った末に孤児院は森の魔女へと助けを求め、そんな彼らにスピカが制御や使い方を教え、きちんと身につけ成長したのがかの魔導騎士たちとなった。

本格的に魔女の元へ師事するにあたり彼らはそれまでの過去も名前も捨てることになったのだが、もともと孤児であったためその辺はなんの躊躇いもないようだった。

むしろそれぞれの魔力を込めさせてできた魔石に擬えて付けた新しい名を大層喜んでくれていたことを思い出し、その懐かしさにスピカは目を細めた。


「何よりも驚きなのは彼らがみんな森の魔女の弟子だと言い、なおかつ魔女の意志によってのみ動くと言っていることだね。おかげで城内の一部のお偉方はおののいているそうだ。しかしそんな彼らが魔獣討伐を請け負ってくれるおかげで軍の負担は格段に減っているというのに、感謝こそすれ恐れるなんて罰当たりだと思わないのかね?」


なんて本当に世間話のようにオリヴァーは軽く言ってのけてみせたが、その情報自体が本来ならば外部に漏れてはいけないものだし、高位貴族ないし上級騎士の幹部クラス以外には知り得ないものだ。

つまりそれは彼の身分が一部隊隊長やそれ以上であるか、もしくは内政において重要なポジションに就く高位貴族であることを示していた。


そもそもどれだけ彼が放蕩者を装っていようが身のこなしや言動などでただの騎士かぶれの下位貴族ではないことはすぐにわかる。

粗暴さの中に見え隠れする紳士的な振る舞いや教養がなければ出てこないだろう口説き文句にスピカも薄々と彼の本当の役職というものに勘づいているが、あくまでも放蕩者を押し通したいらしい名無しの彼を深く詮索する気にはならなかった。

ただ、そんな人が例え噂としてでも機密事項であろう話を外でべらべらと話している情報秘匿意識の低さに薄ら寒さを覚えてはいる。


しかし、彼はここでの会話がほかの誰にも聞き耳を立てられることはないことを確信した上でこうしてスピカに話しているのだろう。

何せここは【マルブライト王国の北にある森】でそこに住む女性など【魔女か魔女に縁ある者】以外ありえないのだから、彼はスピカをどちらかと理解して接しているはずだ。

仮に今ここで彼がスピカを害そうとしようとも同じテーブルに着いてはいても彼とスピカの間には目に見えない結界が張ってあるために彼女に指一本触れることも敵わない。

国一番どころか世界中でも希有なほど膨大な魔力を誇る魔女の結界を破れる者などそうそうはいない。


「ああ、それから、魔女自身の噂もあったな。なんでも弱体化しているんじゃないかとか?故に魔力の高い者を洗脳して手足として使っているのではないかと」


つまり魔導騎士は魔力の弱った魔女が自らの魔力を補うために使役していると。

強化のために使役していると言うのはあながち間違いではない。

ただそれは魔女一人の防衛に頼り切っているのはどうなのかと最高権力者たる国王が考えた末、ちょうどよく暇を持て余した魔女と魔力の高い子供達いたからできた実験的なものにすぎない。

他国にもある魔法使いによる防衛部隊があったほうがいい、という魔女の力に依存しきっている国の行く末を憂いた先代の国王と歴代の魔女たちの憂いを今の国王とスピカが継いだ結果なのだが、実際に会ったことの無い人たちにはそんな事は知る由もない。


「まあ、魔導騎士たちの存在に怯えきった愚か者たちが出した根の葉もない噂だろうけどね。・・・愚かなことを考えないといいが」


どうだろうね?と首を傾げた彼は、けれどもスピカの返答を聞くでも見送りを待つでもなく席を立ち帰っていった。

そうした彼の自由な振る舞いは今日がはじめてではないからそれ自体を気には留めないが、彼がスピカの元へ現れ始めてからはじめて薄暗い背景を隠しもせずに話していったことにスピカは顔を顰めた。


『魔女』という存在が北の森に住んでいることは周知の事実ではあるが、実際に魔女の元へたどり着ける人は少ない。

まじないを退けるだけの相応の魔力を持つ者か魔女が彼女の領域に入ることを良しとしたもののみ。

現時点で魔女シルヴィアをしのぐ魔力を持つものは現れておらず、入ることを許されるのは魔女に害をなさない者であり、つまり何かしらの悪い考えがチラリとでも頭の片隅にあれば魔女の館にはたどり着けない。

何度もスピカの元へ通うオリヴァーは名前や身分こそ偽ってはいるが魔女に対しての悪意は全くもってはいないからこそスピカは彼の訪問を許している。

きっと彼自身が何かを企てているのではなく、誰かが企てている。

彼はそれをそれとなく警告しに来たのだろう。


「ジルコン、アウインとフローラを呼ぶからお菓子を用意しておいてちょうだい。それから他の子達にも備えるようにと」

「はい、お姉様」


おいそれと害されるつもりはないが、頭の片隅くらいには留めて置いた方がよさそうだと、スピカは自身の愛弟子たちに用を言付けた。



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