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2 第一王子のお茶会




うららかな日の光に照らされた色とりどりの花が咲き乱れる華やかな庭園。

ここは王宮の庭園だ。

スピカにとってあまりいい記憶ではないあのお茶会と同じ場所ではあるが、あれから幾度となく訪れているためかもうすでに彼女の中の印象はすっかり素晴らしいものへと塗り替えられている。

そんな庭園の東屋に設けられたテーブルにスピカは一人の青年と向かいあって座っていた。

白磁のカップに注がれた紅茶をほんの少し口に含んだ後、おかしそうに喉を鳴らして突如として笑いはじめた青年に、スピカはわずかに眉を顰める。


「なにかございましょうか、ウィリアム殿下?」

「いや、っく…ふふ、ずいぶんと手こずっているようだな、と…あははっ!」

「…殿下にそれほどご心配いただけて至極光栄でございますわ」


スピカの棘の含まれた声にこらえきれなくなったようにさらに声をたてて笑い出したのはこの国の第一王子のウィリアムだ。

普段人目を気にして温和な笑みだけを浮かべることを心掛けている彼にしては珍しく、はばかることなく笑い転げている様をたしなめる人はここにはいない。

もちろん使用人や侍従、護衛はそばについているものの、彼らは皆ウィリアムにとってスピカが身分の保証された数少ない気やすい人物であることを承知で少し離れた位置から二人の様子を見守ってくれている。

そんな気安い友人同士の語らいに割入るなんて無粋な真似をする者はいない。


「この庭園がお気に入りの君が王城に来て少しも安らがないなんて、そんなに手ごわいのかい?件の子供たちは」


ひとしきり笑ったあとに仕切り直しとばかりに続けるのは数週間前にスピカの元へとやってきた魔力持ちの二人の子供の話題だ。

どうやらウィリアムには常ならば高位爵位を持つ令嬢らしくすましているスピカが庭園の花に目もむけないほど疲弊していることが珍しくも面白かったらしい。


「手ごわい・・・・・・手ごわいというのでしょうか?私に対しては別段どうということはないのですけれども・・・・・・」

「君に反抗しているわけではないの?」

「ええ、私には全く。お互いの間でわだかまりがあるようですわ」

「へえ?」


子供、と言ってもスピカと2.3歳しか離れてはいない彼らは彼女の元へ来てから何度か魔力暴走を起こしてはいるものの、それほど彼女の手を煩わせるようなことはなかった。

問題は魔力ではなく当人たちの関係性であり、それにスピカは戸惑っている。


教会の話では二人は共に森近くをさ迷っているところを保護され、それからも何をするにも二人一緒でなければならなかったと聞いていた。

特に妹(血のつながりはあるかはわからないが便宜がいいのでスピカはそうすることにした)のほうが兄から離れることを嫌がり、兄もそれを庇うかのように周囲を威嚇している、とも。

けれど実際スピカの元に来た二人はそんなようには見えず、二人とも微妙な距離感があるように見えた。

というか、もう完全に喧嘩しているようにしか見えなかった。


実際には妹のほうが兄に対して一方的に怒っているようだったけれど、兄も兄で妹の態度にだんだんと苛立ちが募っているようで、最近では些細な会話ですら刺々しい有様で、見事に悪循環を辿っていた。

もともと家族仲が良く、兄妹喧嘩もしたことのないスピカにとってその険悪な雰囲気はとんでもなく毒で、それにより神経が削られているといってもいい。


「早く仲直りしていただきませんと、わたくしの心が持ちませんわ・・・」

「ははは!!さすがのスピカ嬢の魔法でも兄妹仲は取り持てないか!」

「人の心を変えさせる魔法は一番わかりやすい禁術ですのよ殿下。そもそもあれは二人の問題であってわたくしが口出しするようなことではございませんもの」

「まあ、たしかにな。だが落ち着いて話をする場を設けるのも師匠の努めじゃないかな?」

「…まあ、ええ、そうですわね。近いうち、話し合いさせますわ」

「くれぐれも穏便に頼むぞ。」

「殿下はわたくしのことなんだと思っていらっしゃるのかしら?」


あたかも無理を強いるかのような言い回しに心外だと顔をゆがめるが、実際どうすれば正解なのかはスピカにはわからない。

それでは図らずとも無理強いしてしまってもわからないな、と思った彼女はおとなしく大人の意見を仰ごうとよい案をくれそうな人を頭の中で探るのだった。


そうしてスピカが頭を巡らせていると、一人のメイドが王城のほうから足早に近づいてきた。

音もなく歩み寄ってきたそのメイドがウィリアムに耳打ちをすれば、その途端彼のその端正な眉が顰められる。

王族らしく感情の起伏を特に負の感情は表に出さないように訓練されている彼も常に穏やかな青年の仮面を被っているはずだが、それもまだまだ完全ではないらしい。

そうしてちらりとスピカを見やった後、たいそう演技がかった声で「シルヴィア殿」と魔女の名を呼んだ。


「もしよろしければあなたの魔法をお見せいただいてもよろしいかな?」

「あら、では少しばかり大規模なものを御覧にいれましょう。そうですわねぇ…この庭園一体に目くらましの魔法を、もちろん魔法のかかっている間は皆さま一言もお声をお出ししてはいけませんわ」


それを受けるようにスピカも大仰に身振りを加えながら答え、魔力を振るう。

スピカを中心としてほんの一瞬さわやかな風が駆け抜けるように、魔法は庭園の端にいた護衛たちのもとへとも広がった。

一見すれば何の変化もない、しかしそれからしばらくして庭園に面した回廊にメイドを引き連れた少女が現れればそれがどんな魔法なのかをその場にいる全員が知ることができた。


「あら?ウィリアム様は東屋にいると聞いていたのにいないじゃない!うそをついたのねあのメイド!」


見通しのいい回廊から庭園を隅から隅まで一巡して、スピカとウィリアムのちょうど間ほどの年のころに見える少女は金切り声をあげた。

彼女の立つ場所からスピカたちのいる東屋までは小さな小川を挟むものの視界を遮るものはないというのに、彼女の目にはスピカやウィリアム、さらに彼らに従う使用人たちの姿は見えていない。

そういう魔法をスピカはかけたのだ。

話には聞いていても自身の主人よりも幼いスピカが魔女であることを未だに信じ切れていなかった従者も驚きと感動で感嘆の溜息をつく。

それをよそに、ウィリアムがいないことに声を荒げる少女にスピカはあら?と首をかしげる。


たしかあれはあのお茶会にも参加し、周りの少女たちを過剰なほど牽制していた侯爵家の令嬢だ。

婚約者候補としてお約束をしていたのならお邪魔をしてしまっただろうかとウィリアムのほうを見れば、彼はたいそうげんなりした顔で首を横に振って見せた。

つまり約束はしておらず、突然押し掛けたということだろう。

それは、貴族子女としてどうなんだろうか。

目上の者へ会う時には相手の都合を伺い了承を得るのが基本であり、相手の位が高くなれば高くなるほどその重要性は高まってくる。

そんな貴族のルールを無視して押し掛けた上に我が儘にも会えないことに癇癪を起こすなんて、そこまで礼儀知らずだっただろうかと先ほどかしげた向きとは逆に首を倒したスピカの前でウィリアムの顔はどんどん険しさを増す。

ああ、これは婚約者になるどころか遠ざけられるな、と思っていると、しばらく金切り声で何事かをわめいていた少女はようやく年嵩のメイドに宥められ、来た時と同じようにメイドを引き連れてもと来た道を戻っていった。


「・・・・・・彼女に名前で呼ぶことを許した覚えはないんだがな」


彼女の礼儀知らずな振る舞いは今に始まったことではないことはウィリアムや侍従たちの様子を見ればよくわかる。

はあ、と重い溜息をついたウィリアムを労わるように微笑んで見せたスピカがトントンとテーブルを指で叩くとそこにはウィズフォレスト家の紋章が薄く記された真っ白な封筒が現れた。


「これは?」

「『魔女シルヴィアの親書』ですわ」

「親書?」

「"カトレア"の座に相応しい方の名前が記されていますの」


そう微笑んだままのスピカにウィリアムはピクリと肩を震わせ、彼女の顔を伺い見る。


「それは、私が見ても?」

「構いませんけれど、一応魔女の親書の閲覧権は『最高権力者及び許可を得た者』にありますわ。ですので一度陛下に献上することをお勧めいたします。まあ、おのずと殿下にもお声がかかりますしね」


他ならぬ貴方のことですもの。

そこまで声に出す前に目の前にあるウィリアムの表情がどうにも複雑そうなことに気が付いてスピカはそれを飲み込んだ。


「どうかなさいましたの?」

「・・・いや、ここに書かれているのが私の婚約者、ひいては妃となるのだろう?そう思うと早く見たくもあるが見たくもない気もしてしまう」

「別に、これが全ての決定権を持っているわけではありませんわ」


ウィリアムの言う通りその親書に書かれている人物が彼の妃となる可能性がかなり高くなるが、絶対ではない。


魔女シルヴィアの親書は強制力のある指図書でもなければこの先のあらがえない未来を書いた予言の書でもない。

魔女からしてみればちょっとしたお願いだとか、こうだといいなという希望程度の話なのだ。

実際今差し出した封筒だって、書いた本人的にはこの人が次期王妃だと嬉しいな、程度の希望として書いたのだから、そこまで重く受け止められてしまっては困る。


「あくまでも参考として考えてくださいませ。わたくしから彼女たちを見て、今現在最も"カトレア"の名に恥じぬ素質がありそうな方のお名前をお書きしただけですもの。国王陛下や王妃殿下、そして当事者であるウィリアム第一王子殿下がご覧になってきた王家にたる素質と相違があればそちらでお決めになればよいのです」

「そうなのか?」

「ええ。魔女には王妃に必要な資質などわかりませんもの。それに、たとえこの親書の通りになったとしても、きっと殿下の悪いようにはなりませんわ。わたくしからの誕生日プレゼントだとでも思ってくださいませ」


にっこりと笑んだスピカに一度は呆けた顔をしたものの、すぐにその意味に辿りついたようでウィリアムは喜色満面な面持ちで封筒を懐にしまい込んだ。


そもそも婚約者候補との交流がないスピカが選り取り見取りの中から選ぶわけもないのだ。

スピカが選ぶとすれば彼女が魔女を継承したのちにも懇意にしている令嬢に限られる。

そんなものは両手ほどいるかいないかであるし、その中で今も候補として残っている令嬢などたった一人きりしかいやしない。

そしてその候補者は幸いにも王家の基準とウィリアムの希望を満たす者でもあった。

封を開けたくて逸る気持ちを隠しきれないウィリアムがすぐにでもその場を辞したいことも手に取るようにわかったスピカは簡潔に暇の礼をとろうとしたがその前にウィリアムに制止されてしまった。


「そうだ、スピカ嬢。君、オスカーと面識はあったかな?」

「第二王子殿下でございますか?いいえ、正式にはお目通りいただいたことはございませんわ」

「正式には、ね・・・うん、なるほど。わかった」

「殿下?」

「じゃあ、これはちゃんと渡しておくよ。ありがとう」

「?・・・よろしくお願いいたしますわ」


ウィリアムの不可解な問いを不思議に思いながらも答えれば、彼は一人納得したように頷くだけでそのまま席を立ってしまった。

結局何を意図して聞いたのかわからぬまま、それでも優美なカーテシーを見せるスピカに片手で答えながら彼は執務へと戻っていった。





それからほどなくして迎えた第一王子ウィリアムの17歳の誕生日に、彼の立太子、そしてそれを期に婚約者にワイト侯爵家令嬢リリーベルを据えることが発表された。

その後一年の婚約・準備期間を経て二人は婚姻することとなる。




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