16 マルブライトの血脈
断罪はここで終わりです。次回からはほのぼのに戻ります!
ラルフレッドの突然の告発に議会場は騒然となった。
メデイアの不貞を限りなく黒として疑っていた宰相や他の大臣たちも今この場でラルフレッドが自らの母を告発するとは思ってはおらず互いに顔を見合わせていた。
それでもウィリアムと、あの日弟の覚悟を直接聞いたアーノルドだけはただ冷静に言葉を受け止めた。
「証拠はあるのか」
「私自身です。先日私は何者かに襲撃されました。その時に一時的にでも重篤なけがを負ったことこそ証拠となります。契約によれば『マルブライトの血』を引くものは魔女の加護により外敵に害されることはない。魔女シルヴィアの魔力が今なお健在であることが証明された今、私がけがを負ったということは私は陛下の血を継いでいないという何よりの証拠となるのです」
「違う!あなたはちゃんと陛下の子です!誰に何を聞かされたか知らないけれど、ちゃんと、わたくしと陛下の子なのよ?それに魔女の加護だってホントかどうか怪しいことを証拠だなんて、」
「怪しい、なんてよくも言えますね。これまで何度だって王子殿下が襲われた報告を聞き、そのうちいくつかはその場に居合わせたというのに。あのお方がかすり傷一つつけられたことなどないことを目の当たりにしてるでしょう」
そう、魔女の加護を疑うものはいつの時代にも一定数はいるもので、例にもれずアーノルドも幼い時より何度となくその身を危険が襲っている。
けれどどれも確かに刃がその身を切り裂いた手ごたえはありはしても加護のある彼はいつも傷一つなく難を逃れることができていた。
そうしてそれを目の当たりにした信じていなかった人々も魔女の加護を信じるしかなくなっているというのに、メデイアは目の前で無傷を証明されてもそれを怪しいとのたまったことをラルフレッドは険を含んだ声で一蹴した。
偶然などと言えるような状況ではない場面に立ち会ったとしても、彼女の中ではすべて偶然で済まされてしまう。
父親に甘やかされて、何もかも自分の思い通りにして育った少女の世界はどこまでも彼女が中心だったから、彼女がそうだと思えばそうなり否定する方が間違っているはずなのだ。
少なくとも今まではそうだった。
「だって・・・だって、あなたはけがをしたじゃない・・・よくけがをして、・・・だからあの子も、加護なんてものはなくて、そう。そうだわ自分で、貴方と同じように自分で治していたのでしょ・・・?」
「僕がけがをするのは当たり前でしょう。僕にはマルブライトの血は流れてないんですから」
「でもあなたはアーノルドと同じく、陛下の・・・」
自分の子は国王の子で、その子がけがをするのだから同じ陛下の子であるはずの王子にも加護なんてあるはずはない。
そう信じてやまずなおも繰り返すメデイアをラルフレッドは忌々し気に見つめた。
我が儘を通し、癇癪を起こし、自分の非は絶対に認めようともしない、だだをこねる幼い少女のようなこの振る舞いがずっと嫌いだった。
だから見なくても済むように常に彼女がおとなしくしているように先回りしていたのだが、それもいけなかったのかもしれない。
(こんなことならもっと早く、そう、例えば魔力の暴走なんかで母ともども、・・・むしろ今、このまま)
「ラルフレッド」
憎々し気にメデイアを見つめたままのラルフレッドの思考を読み取ったかのように静かなスピカの声が響く。
その声に顔をあげればどこか悲し気な顔で彼女は首を振った。
「魔力は生かすために生まれたもの。本来傷つけるためのものではありません。わたくしはそう教えたはずです」
「せんせい・・・」
「魔力で人を傷つけないために制御することを学び、大切なものを守るための魔法ならば教えると、あの時わたくしは言いました」
「・・・ぁ、」
その言葉の通りラルフレッドがスピカの元で修行をしたとき、彼は王妃や周りの使用人たちを傷つけないために自分で魔力を制御することを求め、母の被害にあっている人を助けるために治癒魔法を極めた。
本来なら制御する方法を教えるだけでよかったはずなのに、ラルフレッドが使用人たちを癒したいと懇願したらこそスピカもその方法を教えた。
それから彼女の元を離れても独学で魔法を覚えていったけれど、そのどれもが大切な人たちを守りたいという思いからだったはずだ。
それなのに、いま自分はそうして覚えた魔法を使って人の命を奪うことを考えた。
たとえそれがやはり自分以外の人を守るためと理由をつけようと、その根底にあるこれ以上憎らしい母の醜態を見ていたくないという願望のために母を殺そうとしたことに気が付いて愕然としたラルフレッドの足には力が入らなくなった。
力なく崩れた体は小刻みに震えだし、体中が熱くなって息も苦しくなってくる。
「ラルフ!」
「フローライト!」
アーノルドの悲鳴のような声とスピカの声が重なった瞬間にラルフレッドは自分が誰か抱きかかえられていることに気が付いた。
振り仰げばフローライトがついこの間と変わらぬ笑みでラルフレッドを見下ろしていた。
「ゆっくりと呼吸をして。魔女様に教えられた通りにコントロールするの。できるね?」
優しい声に導かれるまま呼吸を繰り返すうち、自分が魔力暴走を起こしそうになったのだと理解できた。
それでもまだ体の内のあちこちで魔力が捌け口を探して暴れまわっているのが苦しくて、ラルフレッドはフローライトに助けを求めるように縋り付く。
「シルヴィア様。これ以上彼をここに置くのは危険かと」
「そうね・・・アウイン、彼をわたくしの部屋へ。フローラ、彼の魔力を少し抜き取って安定するまで付き添ってあげて」
スピカの指示に二人は黙礼し、アウイナイトに抱き上げられたラルフレッドはフローライトの空間魔法によってその場から退室した。
「勝手なことをして申し訳ありませんわ、陛下。緊急事態でしたの」
「いや、構わん。・・・あの子は、大丈夫なのか?」
「ええ、あの二人に任せておけば間違いはございませんわ。だから、何も案ずることはございませんのよ、リリーベル様」
国王の許可なくことを進めたことを謝罪するとき、ウィリアム越しに見えたリリーベルの顔色が悪いことに気が付いた。
魔力暴走というのは怒りだとか、悲しみだとか、そういった負の方向へ感情が乱れた時に起こることが多い。
リリーベルやアーノルドと過ごすときはラルフレッド自身が言うように酷く穏やかで幸福に包まれたものだったのだろうから、彼女たちの前で暴走することはなかったのだ。
未遂とはいえ初めて目の当たりにした暴走とそれによるラルフレッドの苦痛にゆがむ顔にショックが隠しきれなかったのだろう。
王妃ほどとは言えなくともそれなりに二人へ分け隔てなくに愛情を注いでいたウィリアムも浮かない顔をしているが、信を置く魔女のお墨付きを貰ったこともありその表情を元の国王らしい顔に戻した。
そして彼の母親であるメデイアの方に目を向ければ、彼女はただ茫然とそれまで息子のいた場所を見つめていた。
暴走が始まった時点で彼のかけた魔法はすべて解けているが、よほど息子の追及と憎しみの籠った視線がショックだったのか床に手をついたまま動く気配はない。
そんな彼女に少しの憐れみも湧きはするが、ラルフレッドが覚悟をもって命さえも懸けた訴えこのままうやむやにしてしまうことをスピカは許さなかった。
「メデイア様、あの子の言葉を信じられないのは致し方がないことでしょう。ですから一つ、魔女にのみ語り継がれる王家と魔女の秘密を特別にお教え致します」
そうして切り出したスピカをいまだ呆然とした表情のメデイアが振り仰ぐ。
膝をついたままステンドグラスから降り注ぐ光をその身に浴びる様は、さながら神の慈悲を乞う敬虔なる信徒のようだが、彼女がこれより承るのは魔女による完膚なき絶望なのだ。
「まず、何故魔女シルヴィアが代替わりをしているにも関わらず一万年もの間同じ人物が守っているように伝えられるのか。それは偏に魔女がシルヴィアの名前を受け継ぐことのほか、初代シルヴィアの魔力と特徴をそのまま受け継ぐからに他なりません」
名を受け継ぐか力を受け継ぐ魔女や魔法使いは他国でもいないこともないが、彼らとシルヴィアの一番の違いはその容姿まで完璧に受け継がれるということ。
たとえ同じ家系に生まれるとしても、他者の血が混じることでその容姿まで受け継がれるとは限らずにばらけるもの。
そんな中、同じ特徴を持つシルヴィアと名乗る女が一万年もの長い年月に何度も登場すれば誰しもが同じ人物かもしれないと思うようになるだろう。
そしてそれが多くの国に伝わることで魔女シルヴィアとマルブライト王国の名は世界に轟くことになった。
世界最強の魔女の守る侵略不可の国として。
それを初代シルヴィアがどこまで計算して条件としたのかなどスピカが知るすべはなく、もしかしたら全くの偶然だったのかもしれない。
けれどそれが結果としてカトレアの願い、『国民が何者に侵されることなく健やかに過ごせる国』を守る助けにもなったのもまた事実だ。
「さて、そんな魔女が交わした契約に条件が付けられたのは果たして魔女だけでしょうか?・・・答えは否。わたくしがシルヴィアの容貌を受け継いで生まれたように、王家にも同じように受け継がれるものがございます」
スピカの語ることは王家にも知りえないものであるため、当事者であるウィリアムもオスカー、そしてアーノルドも興味深げにスピカへと視線を注いでいる。
三対の翡翠が注視することにいささか居心地の悪さを感じながらもスピカはラルフレッドがマルブライトの血ではない理由を告げる。
「マルブライトの血脈から青い目の子供は生まれることはない。かの王と王妃の血を受け継ぐ子孫には『オリヴァーの瞳かカトレアの瞳』を持つ者しか生まれないのですわ」
「オリヴァーの瞳と、カトレアの瞳・・・?」
「ええ」
困惑した空気の中で唯一言葉を繰り返したオスカーに頷いて見せれば、彼はしばらく考えるように視線を落とした後ハッとその目を再びスピカに戻した。
「オリヴァーは皆も知る通り明るめの緑だがカトレアは本来ならばオレンジ寄りの赤、だったか?」
「よくご存じでいらっしゃいますね」
「大叔母が光の加減でオレンジにも見える瞳を持っていた。その色が羨ましくも好きでよく見せていただいていた・・・その時に大叔母が教えてくれたんだ。カトレア様も同じ瞳だったのだと」
国の歴史を学ぶ上でオリヴァーの容姿については賛美もかねてこと細かく詳細まで書かれることも多かったが、カトレアについてそれほど細かく記された文献は多くない。
ウィリアムとオスカーの大叔母のように光の加減によりオレンジやそれよりも赤身の薄い黄色に見えることもあったが、遠目から見るか調光の効いた室内では赤にしか見えなかったカトレアの瞳はごく一般的には赤として認識されている。
天候や時間帯によって変わる光の加減での色味の変化までちゃんと書かれている文献など王家所蔵の物くらいなのだ。
「しかし、王家にはそれ以外の瞳のものもいたはずだが?」
「ええ、ですが、果たしてそれがマルブライトの血脈であったかどうかを後世の者には調べようもございませんわ」
「ああ、そうだろう。だが、それを当時の魔女は許したというのか?」
「許すも何も、国を統べる者がマルブライトの血脈かどうかなんて魔女には興味ございませんもの。わたくしたちにとって唯一重点を置くべきはマルブライトの血脈を守ることであってこの国を統べる王を守ることではございません」
そう当たり前のように返したスピカにその場は騒然としてしまう。
マルブライトの国境を守る結界を張っているせいで魔女が『マルブライトの王とその一族』を守る者のように多くの人は認識してしまっているが決してそういうわけではない。
魔女に取って一番大事なことは契約であり、その契約というのも初代国王夫妻の血を守ることに限定されている。
それさえ守れるのならば彼の血脈がこの国の長であろうがなかろうが関係ないのだ。
「この契約は初代シルヴィアによるものでありそれぞれの時代の魔女が何をするわけでもございません。いうならばわたくしたちは契約を施行するための魔力媒体であり査定要員といったところなのです。当代の魔女が選べるのは『カトレアの願い』を叶えるかどうかくらいですわ。その者が『カトレアの願い』を脅かすことなく善政を布くのであれば、魔女としてはこの国の王がマルブライトの血脈でなくとも構わないのです」
その言葉の通り何度かマルブライトの血脈以外の人間が国王になったこともあるが、他者の血故かあまり長続きすることなくすぐに彼の子孫が国王に返り咲いている。
もちろんその要因として加護が得られなかったことも大きいだろうが、もしかするとシルヴィアの魔力と同じように瞳だけではなく治世の能力も受け継がれているのかもしれない。
それを確かめるすべはないが、これだけ長く続けば経験則としてそれもまた事実としてもいいだろう。
「もちろんその他者の血がマルブライトの血脈に害をなす、またはカトレアの願いを脅かすというのならば魔女は容赦いたしません。現に過去、魔女に粛清された悪歴の王の多くはそのような者たちだったとわたくしは聞いておりますわ」
史実に基づく魔女の粛清もたしかに背くものを亡き者にする独裁者や国政を傾けるような悪政を国民に強いたものばかりであり、そうした者たちを詳しく調べれば除名でもされていない限り瞳の色がその二色以外だったことも多く残される文献を探せば見つかるかもしれない。
聞けば聞くほど彼女の話はつじつまの合うもので、どこからともなくそうだったのかと納得したような声が漏れる。
実を言えば先ほどラルフレッドが退室するときにはすべての魔法を解いていたのだが、話の重大さに誰も自分たちの声が戻っていることに気が付いた様子はなかった。
そこからは次第にそれぞれ隣り合う者同士囁くように話始める。
「つまり事実としてマルブライトの血脈であるウィリアム陛下の子は陛下と揃いの翡翠か陛下の大叔母様のようにカトレアの赤を持つ者に限られるのですわ。ゆえに今この場で問題とされているラルフレッドの父親がウィリアム陛下であるかという問いについては、わたくしは否定させていただきますわ。ラルフレッドが現王ウィリアム陛下の子であることは決してありえません」
「・・・ぅ、そよ・・・そんな、じゃあ、アレは誰の子だというの、なんのために、育てて、」
「・・・・・・育てた、ですって?どの口が育てたなどと言えるの?どうしてそんなことがあなたに言えると思っているの!?あの子の苦労も悲しみも、さみしさでさえ一切知ろうとしなかったくせにっ、今更母親のような顔で、これ以上あの子を貶めないでちょうだい!!」
響いた怒号に驚いたのはメデイアだけではなかっただろう。
いつも冷静に温和な微笑みで王妃然としていて、個人的な感情を垣間見ることは家族ですらも数えるほどといえるリリーベルが、感情のままに声を荒げたのだ。
それには会場の誰もが、長年連れ添ったウィリアムでさえも驚き固唾をのんだ。
いつだってリリーベルはどんな罪びとにも静かに諭すように語り掛けるように心がけてきた人だ。
メデイアに対してだって、いけない、いいことではない、そんな言葉で窘めてきていたが、それももう限界だったのだ。
身も心もすべて捧げるべき国王を裏切っただけに飽き足らず、一番最初に与えられるはずの母親からの愛情をも受け取れず自分の出生を疑って生きてきたラルフレッドの、子供らしからぬ欠けた心を一番近くで見てきたこともその怒りに余計拍車をかけたのだろう。
険しい顔のまま、まっすぐと侮蔑と憤怒の視線を向けるリリーベルに、メデイアは次第に顔を歪ませてついには声をあげて泣き始めてしまった。
その様を見てやはり彼女は幼い少女の時より時間を止めてしまったのだろうとスピカは改めて実感する。
その要因となった父、オルドミズ侯爵はまるで抜け殻のように泣きじゃくる娘を見つめ続けていた。
「・・・側室メデイアは責務と育児の放棄、国庫の私的流用を理由に王籍から除名したのち城の北にある離宮に幽閉とする。また、彼女へ貴族子女としての十分な教育を施すことを怠ったこと、そして常日頃から国内の和平を乱すような発言を繰り返し、国防の要ともいえる魔女へ刃を向けたとしてオルドミズ侯爵家は爵位返上を言い渡す。ラルフレッドについては・・・たしかに長年自身がマルブライトの血脈ではないと知りながらも周囲を偽ったことになるが、彼自身母や祖父の尻拭いに奔走し最後には母の不貞を告発という苦渋の決断をしたことに敬意を払い、後程彼の希望を汲んだうえで後日処遇を言い渡すこととする。異議のあるものはおるか?」
もうこれ以上の議会の続行は不可能だろうと判断したウィリアムが告げた采配にもちろん異議を唱える者はおらず、沈黙をもってその処罰は承認された。
それをうけた議会長の閉会の木槌が打たれた会場にはメデイアの虚しい鳴き声だけが響いていた。




