11 二人の王子
第二王子ラルフレッドが襲撃された事件のことは厳重に管理され城内でも一部の者だけが知ることとなっているが、それ以降彼が部屋に閉じこもりきっていることで何かしらの出来事があったことは社交界でもまことしやかに囁かれていた。
元々彼は明るく人懐っこくもあったので、彼を知る人にはなおさら閉じこもっていることは衝撃を与えたのだ。
何かあったのかと心配する声と共に、現王弟殿下のこともあるために彼が兄である第一王子アーノルドの補佐に回ることを決めたのではないかと勘繰る声も上がっていた。
その噂を面白く思わないのはオルドミズ侯爵とその傘下ではあるが、まさか国王からの箝口令を破ってまで王子が襲われたことを話すわけにもいかず、その歯がゆさにじれていく様がよくわかった。
どこまでも自分勝手だな、とラルフレッドは無感情に影からの報告を聞いたあと、秘密の通路を通って部屋の外へと出た。
閉じこもっている、というのは正しくはなく、ただ正面の扉をしめ切って、母親や祖父、それからその取り巻きとの面会を断っているだけで、こうして秘密の通路を使ってよく外出している。
この通路のことは母メデイアも嫁いできたときに教えられているだろうに、忘れているのか全く気が付く様子はなかった。
つくづく自分のことしか見えていない父娘だとあきらめの溜息をつきながらたどり着いたのは、花咲き乱れる王弟宮の温室だった。
「お、来たな」
ちょうど中心近くに備え付けられたティーテーブル、その揃いの椅子に行儀悪くも逆向きにすわり、背もたれに腕をのせて笑った人物にラルフレッドは驚いた。
「叔父上!」
「久しいな、ラルフ。ケガの具合はどうだ?」
思わぬお出迎えの正体は王弟殿下のオスカーで、気さくな彼を慕っているラルフレッドは嬉しさを隠さず駆け寄った。
立ち上がってそれを待っていたオスカーが労わるように頭を撫でる手が優しくて、くすぐったさにまた笑みがこぼれるのを止められない。
「お医者様と騎士団の皆さんのおかげで、もうすっかり良くなりました。叔父上は何故、っと・・・ここは叔父上の宮でしたね」
「ああそうさ。かわいい甥っ子たちのお願いを聞いてこの場を貸し出してやるのに俺は会えないなんてのはおかしいだろ?だから会いに来た、と言ってもアーニーには会えそうにないけどな」
王城内でも数少ない愛称で王子たちを呼ぶ彼は、一部では引きこもりのお荷物のように言われている。
それは社交界どころか正式な式典にも出席をしないからだが、だからと言って仕事をしていないわけではない。
むしろ表立って動かない分手広く仕事をし過ぎているようにラルフレッドは思う。
王家は隠さなければいけないことも多く、それを内密に処理するために動く人物が必要になってくる。
別に王家の者じゃなければならないわけではないがそれを自分から引き受けたのがこのオスカーであり、彼はこれまでも何かと忙しく動き回っていた。
それでも家族のことは大事にしてくれていて、暇を見つけては小さい甥たちの遊び相手まで買って出ては時々兄である国王に休めと怒られていたのはまだ記憶に新しい。
今だってオルドミズ侯爵家の件で忙しいだろうに、その合間を縫って会いに来てくれたんだということは草臥れたシャツを見ればわかった。
「僕たち親子のせいで、ご迷惑おかけしています」
「いや、確実にお前も被害者だ。だから謝るのは違うし、気にするな」
そういうわけにもいかないが、オスカーも謝られても困るのだろう。
違うんだぞと念を押してくる彼に頷いて見せれば、彼は満足そうに笑ってじゃあ、と言ってラルフレッドが来た通路へと踵を返した。
本当に忙しい中で時間を作ってくれたのだ。
足早に去っていくオスカーの後ろ姿にラルフレッドは深く頭を下げた。
それからしばらく、オスカーの座っていた椅子を戻してそこで待っていれば、足早に近づいてくる足音が聞こえてくる。
「ラルフ、ごめん!待たせた!」
「大丈夫だよアーニー。そんなに待ってない」
息も急いてラルフレッドの元に来たのはアーノルドで、今日ラルフレッドがこの王弟宮に来たのは彼と会うためだった。
表立って対立しているわけではないものの、あまり頻繁に顔を合わせないようにしているのはひとえにトラブルを避けるため。
ラルフレッドの母であるメデイアがアーノルドの母であるリリーベルを一方的に敵視しているせいで息子たちも仲たがいしていると思い込まれているのだ。
実際には愛称で呼び合うほどに二人の仲はいいが、二人が一緒にいるときに何か重大な事件でもあった場合、途端に外野は騒ぎ出す。
それも本人たちを差し置いてだからたちが悪い。
もちろん全員がそうというわけではないが、用心に越したことはないと数少ない理解者の協力の元こうして交流する他なかった。
「メデイア妃が先触れもなく押しかけてきてね、部屋を離れられなかった」
「それはこっちがごめん、だよ」
どんどんと重なっていく母の愚行にラルフレッドが頭を抱えると、ふわりと柔らかなハーブの香りが漂った。
その香りに懐かしさを感じて顔をあげれば、いつの間にか傍に来ていた侍女がラルフレッドの前にお茶を置いているところだった。
その侍女の顔に見覚えがあるように感じて首を傾げれば、その視線を感じ取った彼女はラルフレッドに向かってにこりと微笑んだ。
そしてテーブルの中央に真っ白な花が水に浮かぶガラスでできた球状の花瓶を置くと、形の整った爪でその淵を弾いた。
キン、と小さく響いたその音はまるで浸透するかのように遠くまで広がったように思えて思わず侍女の顔を見つめてしまった。
「温室に防音と不可視化の魔法をかけました。お話が終わりましたら先ほどわたくしがしたようにしてくだされば解除されますのでお迎えにあがります」
侍女らしく事務的に説明を終えてその場を辞した彼女の背を見つめながら、そのすっと伸びた背筋と特徴的な髪色にようやく既視感の元を思い出して声をあげてしまった。
「あっ、フローライト副団長?」
「お、よくわかったね、ラルフ。いつもは性別を錯覚させる魔法をかけてるらしくてみんな彼女のことを男だと思ってたんだって。僕もさっき知ったんだよ」
「そうなんだ?僕、魔女様のところに一時的に預けられてたけど、今騎士団にいるお兄さんたちとはほとんど会えなかったから・・・お姉さん、だったんだ・・・」
ラルフレッドは生まれながら膨大な魔力を持っていて、物心つくまでの間にも何度か魔力暴走をしかけていた。
それでも大事に至らなかったのは生まれてすぐにラルフレッドの魔力量の多さを見た魔女シルヴィアのまじないのおかげだったのだが、いつまでもそれに頼るわけにもいかないと5歳の時に魔女の元へと預けられたのだった。
そこでは王族だからと優遇されることは全くなく、皆と同じようにただの魔力量の多い子供として扱われて修行をした。
そのことに最初こそ戸惑いはしたけれど、彼らとの屈託のないやりとりはそれまでの陰鬱としたラルフレッドの世界を塗り替えてくれたのだ。
たった一年という短い期間でも、彼らとの日々は今のラルフレッドにとってかけがえのないものに変わりはない。
けれどその記憶の中でも今、騎士団として城へ勤めている七人の兄弟子たちについては覚えていることはほとんど無い。
時々、団長と副団長以外の兄弟子たちは幼い弟弟子たちと遊んでくれていたこともあったけれど、あの二人だけはその時にはもう魔女の手足となって動いていたので会ったことなど一度もなかった。
よく世話を焼いてくれた兄弟子が「とんでもなく強くてかっこいい自慢の兄弟子だ」と話をしてくれてはいたので、魔導騎士団として登城の挨拶で二人と面会したときには話通りの精錬された強さとかっこよさに少し興奮してしまった。
「あ、そういえば少し前に魔女様とすれ違った時に後ろに控えてたかも」
「ははは!全く気付かなかったんだ?」
「気づかないよー!だって絶対、副団長が侍女服で出歩いてるなんて思ってないもん!」
わかってしまえばそうにしか見えないが、数日前に魔女とすれ違った時には団長のアウイナイトも共にいて、そちらに意識がいってしまったことも彼女が副団長だと気が付けなかった原因でもある。
さらに言えば魔女の館が焼けて以降は副団長のフローライトは警備のために国境付近へと遠征に出ているとされていたのだから、まさか堂々と城内を歩いているなんて思いもしなかったのだ。
そしてそれは王城にいる人が皆そうなのだろう。
見目の良さに付け加えて人当たりもいい副団長は三歩歩く度にと言っていいほどよく呼び止められることが多かったが、侍女として歩いていても全く呼び止められることがないらしい。
改めて目の当たりにした魔女の弟子たちのすごさにラルフレッドは感嘆の溜息をつくしかなかった。
「それで、本題だけども」
「はい」
そんなラルフレッドの様子にアーノルドもしばらくおかしそうにしていたが、与えられた時間も少ないために和やかな雰囲気を切り替え、ラルフレッドもそれに従って居ずまいを正した。
「大丈夫なのか?」
「ええ、もう傷も跡が残ることなくすっかりと」
「けがのことはもう聞いてる。そうじゃなくて、ずっと、塞ぎこんでいると」
「それは言い訳だよ。祖父の派閥には応じず、陰で国王陛下や王弟殿下と連絡を取り合うための。あちらはそれをさらに利用してるけど、そんなことで今更形勢が変わることなどありえないから安心してよ」
にこりと自然に、そして完璧なほどの笑顔を見せたラルフレッドにアーノルドは苦々しげに顔を歪める。
自分の考えも感情も読まさぬようにと幼少から訓練を受けているのはアーノルドも同じ、ずっと隣で作られる笑顔を見せあってきたのだから、その顔が本心ではないことくらいわかってしまうのだ。
「それも知ってる。でもラルフ、そうじゃなくても精神的につらい出来事には変わらない」
「今更、あの人たちに裏切られたところでどうとも思わないよ」
「ラルフ」
「それに、本来ならば私もあの人たちと同じ穴の貉。こうして殿下や陛下に気にかけてもらえるような身分では、」
「ラルフレッド!」
貼り付けた笑顔のままで用意していたようなセリフを並べ立てるラルフレッドに耐え切れなくったアーノルドは強くそれを遮った。
「僕は今王子として聞いているのではなく、君の兄として聞いているんだ。そのために父上や叔父上に無理を言ってこの場をお借りした。ラルフ、僕に、僕らに隠し事はできないと思え」
「・・・」
「ここで僕らが会っていたことを知っているのは父上と叔父上、それから魔女様とその弟子でありここに魔法をかけた副団長だけ。ここには僕ら以外誰もいないからここでの話は外に漏れることは決してない。君が誰にも知られたくないというのなら、父上たちにも言わない。だからラルフ、お願いだから、本当のことを言ってよ」
凄惨な事件にあった自分よりも悲しい顔でラルフレッドを見つめるアーノルドの顔は、王子としてはきっと落第点だ。
けれど、その顔がただただ相手を心配するときの彼の素顔であることをラルフレッドは知っている。
昔から、ラルフレッドに何かあるとアーノルドはいつも飛んできてはこんな顔で傍にいてくれていたのだ。
だから今アーノルドが真実として、王子という立場ではなく兄としてこの場にいることがラルフレッドには苦しいほど伝わった。
そうしてお願いだからと重ねる兄にラルフレッドは貼り付けたような笑顔を歪ませ、泣きだしそうになるのを必死に耐えた。
「僕が、父上の・・・国王陛下の子ではないことは知ってた。それは国王陛下にも奏上しているし、陛下もお認めになられている。だから、そのことについては何も、本当に何も思わないんだ。刑に処されるというのならそれを甘んじて受けるつもりもある。襲撃されたことだって、僕は魔力で治癒力を高めているから普通よりは命の危険は少ない。でも・・・、」
苦悶の表情を浮かべながらも淡々と語っているラルフレッドが途中言葉を詰まらせても、アーノルドはただ黙って次の言葉を待つ。
それがどれくらいの時間かかっても待つつもりだったが、二、三回深く呼吸を繰り返したラルフレッドはすぐに続く言葉を口にした。
「母も、祖父も・・・、己の欲望のために僕を殺そうとした・・・祖父は自分の地位を確立したくて、母はリリーベル様を蹴落としたくて、そんな自分勝手な理由のために、僕の、息子の命を代わりにしようとした。自分の息子だよ?血を分けた、腹を痛めて生んだはずの、息子を、あの人は羽虫を払うみたいに簡単に殺せと命令したんだ」
たとえ本当に命を狙ったわけではないとしても、傷をつける程度でいいと思っていたとしても、自分たちの望みのために自分の子供に刃を向けた。
もちろん今までの行いだって多くの人の人生を狂わせるものだった。
祖父のオルドミズ侯爵は汚職に手を染めながら、自分に従わない下位貴族を破滅に追いやることも厭わなかった。
領地経営だってうまくいっているとは言い難く、領民はずっと重税に苦しんでいる。
母のメデイアは王妃のせいと嘯きながら自らの快楽と顕示欲を満たすだけに多くの物や人を我が物にしておきながら飽きれば簡単に捨てた。
国庫にはまだ余裕があるとはいえこのまま行けば財政は傾くだろうし、名誉あるはずの王城勤めは志望者が減ってしまっているために後宮を中心に人手不足に悩まされている。
それでも今まで国が傾くような大事にならなかったのは王妃リリーベルの采配や、国王の特命によって王弟オスカーが秘密裏に動いていたから、ただそれだけ。
けれどそうした尻ぬぐいが、彼らを助長させてしまったとも言える。
何をしてもいいのだと、段々と理性を無くしていく彼らをラルフレッドはただ見ていることしかできなかった。
そうして見ているうちに、彼の心に一つの不安が過ったのだ。
「ねえ、アーニー。そんな人たちの血が、確実に僕にも流れているんだよ」
「ラルフ・・・?」
「いつか、いつか僕もあの人たちと同じように自分のために誰かを殺すことを躊躇わなくなるんじゃないかって、自分の私利私欲のために誰かを陥れて、我が儘を通すために誰かを手にかけようとするんじゃないかって!それが、兄上やその妃かもしれない!もしかしたら母と同じように自分の子供かもしれないって!孫かもしれないって!そう、考えてしまって・・・」
怖いよ、アーニー・・・
最後の言葉はもしかしたら声にしていなかったかもしれない。
けれど確かにアーノルドには自分に流れる血筋に恐怖を抱くラルフレッドの声が聞こえて、彼はたまらず立ち上がって目の前の大切な兄弟を抱き寄せた。
俯いたラルフレッドの顔はアーノルドには見えなかったけれど、その体はわずかに震えていて、先ほどの言葉は幻聴ではなかったのだと教えてくれる。
「そんなわけない。絶対にそんなことはない。ラルフは、絶対に違う」
ぎゅっと抱きしめた頭をラルフレッドは横に振ろうとするけれど、アーノルドはそれを許さないとばかりにさらに力を込めた。
たしかにあの二人の血がラルフレッドの身にも流れていることは変えようのない事実だ。
けれど、血筋なんかで今そのことに怯えている弟が、あのようになるだなんて思えない。
「だって、ラルフは自分がけがを負いながら真っ先に母親の計画を魔導騎士や叔父上に知らせたじゃないか。それだけじゃない。国のために、これ以上苦しむ民を出さないために侯爵の領地について提案を重ねていたじゃないか。メデイア妃が直接手を挙げた侍女の手当てをしていたのも、メデイア妃の切り捨てた使用人のとりなしの嘆願していたのも全部君だ。君は、人を傷つけることがどういうことなのかを知っているじゃないか!」
異母兄弟がいると聞いているのになかなか会う機会のなかったアーノルドが、初めてラルフレッドを見た時、彼は泣きながら母が傷つけた侍女の手当てをしていた。
ごめんなさい、許してくださいと母親の代わりに謝る少年を侍女たちも痛ましげに見つめていたのを覚えている。
側室付きの侍女頭に話を聞けば、ラルフレッドは毎日夜になるとけが人がいないか聞いて回るのだそうだ。
毎日の王室教育と鍛錬で疲れ切っているはずの少年が「母に傷つけられた人はいませんか?」と聞いて回るのだ。
決して自分の罪ではないというのに、まるで自分の罪を償うかのように謝り続ける子供を見て、侍女頭を始めとする後宮の使用人はけして彼だけは裏切ることはしまいと、そして彼が泣きながら手当てをすることのないようにとそれぞれの仕事を完璧に磨いて見せた。
メデイア妃付きの侍女が城内でも比べ物にならないほど優秀な人が集まっているのは、彼女のためではなくラルフレッドのためだったのだ。
きっとラルフレッドはそれを知らないだろうけれど、そんな人の痛みや苦しみを知っていて寄り添うことのできるラルフレッドがメデイア妃やオルドミズ侯爵のようになるだなんて思えなかった。
なによりも。
「魔女の偉大さを知っている君が彼らのような行いを繰り返すなんて愚かしさを持っているとは思えない。魔女はいつでも僕ら権力者を見ている。それを知っている君が権力に取りつかれて民を虐げることも正当な主張をする者を追い落とそうなどとも考えないだろう?」
実際には魔女は政に口を出すことはしない。
けれど、少しでも『マルブライトの血』を害そうものならば牙を剝くし、『カトレアの願い』を脅かそうものなら容赦なく排除する。
魔女はただただ契約に従順で、彼女の中でこの国の決まりごとはそれ以上でもそれ以下でもない。
その理をほとんどの人はわかっているようでわかっておらず、魔女の加護に胡坐をかいて痛い目を見た権力者は多くいる。
けれど、ラルフレッドは同じ人並み以上の魔力を持つが故か、彼女の元へと修行へいったが故か、ちゃんと魔女の思考を理解している。
だからこそ、そんな愚か者たちと同じようにはなろうはずもないとアーノルドは確信していた。
「君はならない。させてたまるか。そんなことをしようものなら、僕は全力で君を殴る!」
「僕に勝てたことないくせに」
「耐久戦なら僕が勝つもん」
鍛錬の一端で兄弟が模擬戦をしたことは何度もあるが、兄が弟に勝てたためしはなかった。
何度かはラルフレッドがわざと負けたこともあったが、それをアーノルドは許さずに逆に馬鹿にしているようだと怒ったこともある。
それ以来一本勝負でラルフレッドには勝てていなかったけれど、どうやら気力体力忍耐力の根性論な部分は勝っていたようで唯一戦略耐久戦だけはアーノルドにも勝機があった。
「それに、バックボーンが強いんだから」
「・・・それは、ずるくない?」
そもそもいくら魔力の高いラルフレッドでも正統な『マルブライトの血』であるアーノルドに手出しはできない。
大前提として勝ち目がないということに気が付いてラルフレッドは思わず苦笑を漏らした。
そしてくすくすと小さく笑いながら、自分の将来の可能性に思い至ったあの日からあんなにも怖くて仕方なかったその不安が薄れていることにも気が付いた。
不安を吐き出したことで心が軽くなったのだろう。
もう大丈夫だと自分の頭を抱えるアーノルドの背を叩いて離したラルフレッドの顔にはもう不安の色も迷いも一切なく晴れやかなものだった。
「僕が本当の弟だったら、リリーベル様の子だったら・・・何か変わっていたのかな?」
「さあ、どうだろう?少なくとも僕らが本当の兄弟だったら、僕は早々に王位継承権を捨てるね。天才の君が継いだ方が国の先行きは安泰だもの」
「アーニーは念入りに復習するから時間がかかってるだけでしょ。今なら勉強に時間かけることには問題はないし、なにより事細かに理解できてる。そんなアーニーが将来の国王なんだからこれからの世は安泰だと僕は思うよ」
さっきまではあんなにも恐れていた未来の話を今度は明るく話すラルフレッドの姿にアーノルドも安心したように笑う。
勉強でも鍛錬でも勝てた試しのない自慢の弟の純粋な誉め言葉がくすぐったい。
そうして二人で笑いあっていたけれど、ふとラルフレッドは真剣なまなざしをアーノルドに向けた。
「アーニー。僕は、すべてを捨てるよ。名前も、過去も・・・この世に産み落としてくれた家族も」
その瞳は強い覚悟を宿していて、アーノルドもそれに応えるように強く頷いた。
「たとえ血の繋がりがなかったとしても、僕らの間に築かれた絆は変わらない。ラルフレッド・マルブライトは僕の自慢の弟だったし、君はこれからも僕の大切な友人だ。君がどんな決断を下しても僕は君を応援するし、もしも苦難に立ち向かうことになればできる限りの手を尽くそう」
「ありがとう」
アーノルドの真摯な言葉にラルフレッドは一度だけくしゃりと年相応の笑顔を浮かべ、すぐに立ち上がりアーノルドの前に膝をついた。
「アーノルド王子殿下、私はこれからどのような処罰を受けるかはわかりません。けれど、もしもまだ国に仕えることが許される立場であれるならば、生涯貴方に忠誠を誓うことをお許しください」
「・・・許そう」
まだ共に14歳。
本当ならば今日も明日もこれまでと変わらず勉学に切磋琢磨し、つかの間の休息に笑いあっていたはずだった。
どちらがより王位に相応しいかと競い合い、どちらが王位を継ごうともこの強固な絆をもって支えあっていく自信もあった。
けれどその未来はもう絶対に訪れることがなくなってしまったのだ。
何がいけなかったのかと嘆いたところでいまだ成人を迎えていない二人にはこの問題は到底解決できるものではなかっただろう。
それが悔しくないわけはないけれど、ならばせめて立場は違っても敬愛する兄を支えていく希望だけはラルフレッドは捨てたくはなかった。
アーノルドも尊敬する弟を失うことは耐えがたく、たとえ子供の見よう見真似の真似事であったとしても、この場で誓うことで新しい道筋を歩んでいくことを二人は誓ったのだった。




