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1 魔女の守る国

初投稿です。

完走まで頑張りますので、少しでもお楽しみいただければ幸いです。





笑わなくては。

スピカはそう心で念じ続けながら、日ごろから鏡の前で練習している幼さに見合う愛嬌たっぷりの笑顔を意識する。

どんなに面白くなくても、そんなことを微塵に感じさせないように。

ここは戦場だ。王家主催のお茶会という名の激戦区なのだ。

貼りつけた微笑みに心を隠して、お互いの腹を探り合う。

隙を見せたら負けまっしぐら。弱みを見せたら一巻の終わり。

この世界で生き残りたくば内心を隠し通して、優雅に笑って見せるほかない。

そう心の内で呪詛ともとれる言葉を繰り返しながらスピカが浮かべた笑顔は、酷く歪んだものだった。






結果としてスピカは負けた、というよりも棄権したに近い。


無理矢理に貼りつけた笑顔でなんとか乗り越えた長丁場から帰宅し、母の顔を見た瞬間にスピカは意識を失った。

医師の話に寄れば極度の緊張とストレスによるもので、スピカが意識を失っている間に彼女の棄権は決まっていた。

そのことにスピカはホッと胸を撫で下ろす。

正直あんな場所にはもう二度と顔を出したくはなかったからだ。


あの場は本当に地獄だった。


お茶会とは名ばかりの貴族令嬢同士の蹴落としあいの場と化していた。

それもそのはずで、そのお茶会は王家が主催した第一王子の婚約者を年の近い令嬢から選ぶ場だったため、いかに他の令嬢よりも自分をよく見せられるか何重にもオブラートに包んだ罵りあいが戦場の矢の如く飛び交っていた。

その何が恐ろしいかといえば、それが全て王子と年の近い、下は10歳から上は13歳までの年端もいかない少女によって繰り広げられていたからだ。


一度離席して気分転換させたにも関わらず、結局は精魂尽き果ててしまった。

お茶会から見えぬ草場の陰で励ましてくれたあの子には申し訳が立たないが、そんなお茶会を最年少なうえ温厚派なスピカはやっとの思いで終始笑顔を崩すことなくやり過ごしながらも一日乗り切っただけでも褒めてほしいくらいだった。

目立ちやすいプラチナブロンドの髪のせいなのかリーダー格っぽい子に目をつけられたようで、おとなしい性格も相まってかっこうの標的となってしまった。

あの時間は本当に地獄に等しく、最後の方の記憶すらも朧気だ。


本当なら自分を売り込みもせず終始王子から距離を置いていたことも、そうしてストレスで気を失ったことも、それにより栄誉ある婚約者候補から外れたこともその場に送られた貴族令嬢としてそれは許されることはないのだろう。

他家ならば辞退など申し出ることはおろか、令嬢に更なる厳しい教育を施しているところだ。


そうならなかったのはスピカの家が古くから続く家柄であったこと、家族遠戚に至るまでそこまで権力にこだわりを持たなかったこと、スピカの父が国王陛下に覚えめでたい仕事ぶりをしたことがあったうえに現在も兄が立派に王宮勤めを果たしていること、そして何よりも一族に関するある事情など、たくさんの事柄が重なっていたからだ。

さらに言えばもともと件のお茶会は王子妃になるに相応しい令嬢をふるいにかけることも目的だったため、王家側も体裁的に条件内の年頃の令嬢全てを招待していただけであって辞退はあっけなく承認された。

ただ、それに伴ってスピカが領地に移ることだけはどことなく残念がられていたようだった。


斯くして、ウィズフォレスト辺境伯令嬢、スピカ・ウィズフォレストはマルブライト王国第一王子の婚約者候補からその籍を外し、父の治める領にあるカントリーハウスへと移り住むこととなった。



***********



『マルブライト王国は国土の北方のほとんどを深い森に囲われて狭いながらも実り豊かな土地と快活な性質を持つ国民によって栄えている。さらに建国の時より一万年の長い時を魔女に守られ続けていることでその名を轟かせている。

マルブライトの北の森奥深くに住まうその魔女は一万年の長い時をその強大な魔力でもって他国の侵略を決して許さず、内部を探るネズミ一匹の進入も許したことがない』


というのが国内外での一般的なマルブライト王国の伝承だ。

魔女の魔力でもって守られていることは確かだが、実際の所は魔女は一万年も生き続けてはいない。

魔女も常人よりも非常に魔力が多かっただけで普通の人と同じように年をとり死んでいく。

つまり同じ魔女が護り続けているのではなく、しっかりと代替わりしたうえでただ初代の名と魔力と契約を受け継いでいるだけなのだ。


初代の魔女の名はシルヴィア。

契約は建国の王オリヴァーと王妃カトレアの血を守り、彼らの治政を見守っていくこと。

それをなせるだけの魔力を受け継いだ娘が魔女シルヴィアの子孫であるウィズフォレスト家には生まれてくる。


まさか自分の生まれた家が王家と深い関わりがあるだなんて露とも思っていなかったと、今代の魔女シルヴィア=スピカ・ウィズフォレストはため息を吐いた。

飲みかけのまま物思いにふけっていたためティーカップのお茶はすでに冷たくなっている。


お茶会のあと領地に移り住むことになったときに、彼女は一族の役割と自分の立場を知らされた。

自分が一族の誰よりも魔力が高かったこともしっかりと理解していたスピカはそのまま魔女の修行を開始し、2年後には無事その名と契約を受け継ぐこととなったのだ。

どうやらスピカの魔力と才能は歴代でも指折りだったようで、常に国全体へ結界を張りめぐらせていてもそれ自体なんの苦も無くできてしまう。

近年はわざわざ叩きのめされる事を承知で戦争を仕掛けてくるような国もないためにそれほど過度な防衛もしていない。

しかし"シルヴィア"に課せられた仕事は契約を守ることが最重要業務なので、他に仕事はない。


正直な話、北の森の魔女は暇なのだ。


もちろん外出を禁じられている訳ではないので外に出て街を散策したりもできるが、領内にはそう頻繁に出掛ける用も場所ないので月に2.3度出掛ければいいほうになっている。

実のところ継承さえしてしまえば国防はどこにいたとしてもできるのでこんな辺鄙な領地にいるよりも王都にいたほうが若い令嬢にはいいのでは?と王家や両親には言われているのだが、それはそれでスピカにとって面倒なことがある。


王都で生活し街を歩けば少なからずどこかの貴族の目や耳に入るだろう。

そうなれば、王都にいるならとお茶会や夜会なんかの社交に招待されてしまうのだ。

例のお茶会に一度で呼ばれなくなった令嬢として。

もしくはかの侯爵家令嬢にコテンパンにやられた令嬢として。


そんなあまり自分にとっていいとはいえない話だけしか社交界に出回っていないことをスピカは知っているために人目に付く場所は避けたいのである。

噂に対してはよくもまあ爪の先ほどの真実が大きく出回るものだと思いはするがそれを理由に面倒な人たちとの関わりを断つことができているのも事実なのでそのままにしている。

ちなみに王都で暮らしていなくとも移動魔法ですぐに王都近くにあるタウンハウスへと移動できるため、数少ない友人たちのお茶会や王族との謁見にもなんの支障はない。

だからスピカはあえて父の治める地で暮らすことを選んだのだが、実のところそれもまたいい判断だったとは言えなかった。


貴族に限らず戦争も起きず平和な分、国民たちはもっぱら噂話に精を出している。

出回っている話が特に自領を治める貴族の令嬢のこととなれば尚のこと興味は沸くだろう。

噂によれば「ウィズフォレスト辺境伯の可愛い末娘のスピカ様は王家主催のお茶会で重大な失態をしてしまい、それを恥じて自分の部屋に閉じこもりきっている」のだそうで、たしかに事故やらの大した理由もなく社交界に顔を出さなければそのような捉え方をされてもいたしかたがない。

もちろん、中には実はご病気なんじゃないかと心配する声も多かったが、辺境伯夫妻を含むウィズフォレスト家のものがみんな問題ない、娘は元気だと言い張ってしまうのでそれ以上詳しいことを聞くこともできない人たちが立てた憶測がそのまま噂になっているらしい。


ただでさえこの辺境の地の全体と言っていいほどくまなくそんな噂が出回っているのだから、王都はもっと様々な尾ひれがついているだろうし、もはや死んだと言われていてもおかしくはないだろう。

話を聞かせてくれた八百屋のおばさんも、おもしろおかしさ半分、心配が半分な様子で、まさか当の本人にそんな噂をしてしまっているなんてことには気がついていないだろう。


街に出るときはいつも髪と瞳の色を隠し、ちょっと育ちの良い商家の娘くらいの服装をしているため、街の人たちはスピカに気軽に接してくれる。

領民たちの気遣い自体は嬉しいのだが、やはり耳に心地よくない噂を聞くことになるのは気分的に良くないのには変わりなく、街に足を運ぶ頻度は格段に減っていった。

その代わりに勉強は勿論、手慰みとして縫い物をしてみたり、お菓子を作ってみたりといろいろなことをしてはみたが、この頃にはどれもすでに飽き始めていた。


そんな時に領内の孤児院から魔力の高い孤児たちに魔力制御の方法を教えて欲しいという申し出があり、暇を持てあましていたスピカがそれを二つ返事で請け負ったのは彼女が12歳の時だった。

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