夏の惨劇
どこかでセミが鳴いている。
わずわらしい。おそらく数十匹を超えるセミたちが、一時の生を謳歌するためにけたたましく鳴いているのだろう。
なぜ、こんなにうるさいのだろう。
種類によっていろいろ違うようだが、セミは一年から五年の間、地中で暮らした後、地上にでてくる。暗い闇の中で長い間潜み続けた後、子孫を残すためだけに地上に出てくるのだ。
他の虫や鳥に喰われるのが怖くて、地上に出るのが遅くなるのなら、いっそ地中で成虫になり、そこで交尾したらよかろう。
地上で暮らす期間はわずかだ。交尾した後、一か月も経たないうちに死んでゆく。
だからというわけでもないだろうが、セミは命の限り鳴く。俺たちにとっては迷惑なだけなのだが。
うるさいだけのセミの鳴き声など聞きたくはないのだ。
俺は、鬱蒼とした緑に覆われた樹々を睨みつけた。
暑い日だった。乾ききった土と、逃げ水が交差した日だった。
俺たちは、ある予感に怯え、緊張していた。
こんな蒸し暑い日に限って、奴らはやってくる。温度が最高値を示す時、褐色の肌をテカらせて奴らはやって来るのだ。
奴らは俺たちの住むコロニーに侵略を企てる。俺たちを滅ぼそうとしている。
今月に入って、これまで三度、奴らはやって来た。一度目は最終防衛ラインまで攻め込まれた。必死に戦い、なんとか撃退できたが、砦が使い物にならなくなってしまった。二度目の時は、防衛むなしく食糧庫まで侵入を許してしまった。奴らの猛攻の前に、食料は奪われてしまったが、この時も、なんとか撃退できた。 三度目は子供たちが狙われた。連戦で疲れ切った俺たちの隙をついて、子供たちをさらおうとしたのだ。
俺たちは、子供を守った。一人も奴らに渡さなかった。が、その代償は、あまりにも大きかった。
コロニーに住む三分の一の大人が犠牲になった。力自慢の男も、奴らの集中攻撃のせいで命を落とした。誰よりも優しかった男は、子供の楯になって死んでいった。優れた統率力の将軍は、奴らの罠にはまってしまった……。
逝ってしまったのは男たちだけではない。女たちも命を落とした。
美声で兵士たちを慰めてくれていた歌手も、命を散らした。子供たちに慕われ、自分の幸せよりも子供たちのことを想っていた女も、命を落とした。優しく兵士たちを介抱し、時には自らも戦場で戦った勇敢な女は奴らに凌辱された後、道端に死体を曝された。
コロニーに建てられた数千の墓標の前で、俺たちは犠牲者の冥福を祈り、復讐を誓った。
前方の斥候が、合図をよこした。良い報せではない。悪い報せだ。
奴らが、やってきたという。
俺たちは、一斉にどよめいた。
斥候からの報告によると、奴らはこれまで以上の兵士を動員しているという。
おかしい。なぜ、これまで以上の兵力を動員できる。俺たちの攻撃は、奴らに何の損害も与えてはいなかったのだろうか。俺たちの攻撃は、蟷螂の斧に過ぎなかったかもしれないが、それなりのダメージを奴らに与えていたはずだ。なのに、なぜ……。
俺たちは、激しい焦燥にかられた。
いや、苛立っているいる時ではない。数えきれない数の敵は、すぐ近くまで来ている。グズグズしている暇などないのだ。
俺たちは、気をしきしめ、高台に上り、敵の大軍を見渡した。
なるほど、斥候が慌てて報告してきたのが分かる。予想以上の数だ。士気が高く、統制もとれている。
奴らは、今度こそ俺たちのコロニーを、墜とそうと決死の覚悟で来ているのだ。
鬨の声が上がった。
俺たちの勇敢な兵士が、必死の形相で迎い撃つ。これまでの戦いで傷ついた身体を、鼓舞し、玉砕覚悟で戦う。が、多勢に無勢。玉砕覚悟で挑んだところで、勝敗は見えている。俺たちは次第に追い詰められていった。
セミの鳴き声が一段と強くなった。葬送曲でも奏でているつもりなのだろうか。セミたちの鳴き声は崩壊寸前のコロニーに響きわたった。
「ウン様。敵が……。敵が退却してゆきます」
俺は耳を疑った。敵は俺たちが敬愛する女王さまがいる部屋まで、あと一歩のところまで俺たちを追い詰めていたのだ。その敵が退いているという。
「退却しているというのは本当か?」
「はい、敵の後方に神さまが現れて」
「神さまが現れただと!!」
俺たちの世界には、神という想像もできない力を持った者がいる。
「神様が現れて、奴らを踏みつぶしてます」
「そうか……」
俺たちもそうだが、奴らも神には勝てない。奴らは、突如現れた神に容赦なく踏みつぶされるだろう。
「味方の被害は、俺たちの被害は、どうなっている?」
神は、敵も味方も区別しないで踏みつける。俺たちの兵士が犠牲になっていてもおかしくはない。
「ほとんどの兵士が、コロニーの中にいましたから、我が方は、それほど被害が出ていないようです」
「そうか……。だが、警戒を怠るな。相手は神だ。良い神さまだったら、被害は最小限で済むが、悪い神さまだったら、女王さままで殺される」
神は、良い神と悪い神に分かれていた。
良い神は、俺たちのコロニーの周りに白い芳醇な食料を振らせてくれるが、悪い神は、俺たちの仲間を拉致したり、コロニーそのものを破壊したりする。
俺たちは、突如現れた神が良い神であることを願った。
「ウンさま。水が……。洪水となって流れ込んできました」
「水だと……。晴れているのに水だと」
たとえ嵐の日でも、なんの前触れもなく、コロニーの中に水が流れ込んでくることなどありえない。水が洪水となって流れ込んでくると状態があるとすれば……。
「神だな、神の仕業だな」
「残念ながら……。そのようです」
「くそっ、神め」
俺は神を罵った。神は、悪い神だった。敵の大軍を踏みつぶしてくれことには感謝をしてもいいが、コロニーを壊す行動は悪以外の何物でもない。
「ウンさま。このままではコロニーが崩壊します」
「うむ……」
神には、あがらうことはできない。俺たちのコロニーを破壊しようとしている。俺たちは、神の気まぐれのせいで、滅亡してしまうのだろうか。
「武司、ホースで何をやってんの。もう、水撒きはいいから、水を止めて」
女神の声が聞こえた。
「母ちゃん、もうちょっと待ってて」
神はホースを放さない。我々のコロニーにホースというものを突っ込んで様子を見ている。
「そこらじゅう、ビショビショにして……。まったく、この子たらぁ~」
女神は、神のもとに行き、神の襟首を後ろからつかんだ。
「蟻さんを苛めていたのね。可哀そうでしょう。そんなことをしたら……」
女神は、神の額を左手の人差し指で弾いた。
「いててって……。母ちゃん、知ってたのか? ここに蟻の巣があるっていうことを」
「当然よ、私を誰だと思っているのよ」
「誰って? 母ちゃんは、母ちゃんだろう」
神は怪訝な顔をして女神を見ていた。女神が言っていることを理解できないようだった。
「あのね、武司ちゃん。母さんが言いたいのは、そんなことではないのよ。私が言いたいのは……」
「母ちゃん、何が言いたい」
「それは……。なんていえばいいか」
女神は、どう説明したらいいか分からないようだった。しきりに首を傾げていた。
「それより、ホースをちゃんと片づけて、水を止めなさい」
「ちぇ、これからがいいところなのに」
神は、ホースをコロニーから外すと、蛇口と呼ばれるところに駆けて行った。
危機は去った。女神さまのおかげである。俺たちは女神さまに感謝の言葉を捧げた。
「女神さま……。いつも、ありがとうございます」
女神さまは、いつも俺たちに祝福を与えてくれる。コロニーからそう遠くないところに砂糖という滋養溢れる食料を置いてくれたり、コロニーの周りにお花畑を作ってくれたりしてくれるのだ。
俺たちは。女神さまがいたから、奴ら、サムライアリの奴隷狩りにも耐え忍ぶことができたし、悪しき神“武司”の襲来にも怯むことなく、これまで生き延びてきたのだ。
これからも、女神さまがいる限り、俺たちは屈することなく生きてゆけるだろう。
女神さまが、ついている限り……。
日曜日の午後。沢田家の庭に、武司の父、幸一の姿が見えた。
「洋子、これを庭に撒いてくれっ」
幸一が、妻に小さな箱を渡した。
「これ、蟻の巣コロリでしょう」
「そうだ。蟻の巣コロリだ。蟻の奴……。昨日も僕のベッドに潜り込んでいやがった」
「えっ? そうなの。私、全然、気がつかなかった」
「気がついていなかったのか。おまえはいいよな。のん気で」
「のん気で悪いござんすね」
洋子は、ペロリと舌を出した。
「後は任せたから。うまく退治してくれよ。また、ベッドなんかに潜り込まれてでもしたらかなわんからな」
幸一の言うことは、もっともなことである。就寝中にアリにもぞもぞと、ベッドの中を這いまわれたら、さぞ不快だろう。
(かわいそうだけれども……)
洋子は、庭に殺虫剤を撒いた。
俺たちのコロニーに奇病が流行り始めた。
数時間前まで元気だった仲間が、次々と倒れてゆく。
幾度も襲ってきたサムライアリを撃退してきた勇敢な仲間たちが、四肢を震わせて死んでゆくのだ。
何が起こっている!
サムライアリの襲撃にも、武司という悪しき神さまの暴虐にも耐えたコロニーが、崩壊してゆく。
女神さま、どうかお救いを……。
= 了 =
PS
この短編は、吾輩のブログ「三文クリエイター」に掲載したオリジナル小説を改稿、加筆したものであります。興味のある方は、ブログ「三文クリエイター」を覗いてみてくださいね。
この短編小説の後、近いうちに10万文字を超える長編を、「小説家になろう」に前編、後編に分けて掲載する予定です。応援、よろしくお願いします。
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この短編は、吾輩のブログ「三文クリエイター」に掲載したものを、加筆、修正したものです。
近々、長編「守護霊 お美津はオレの彼女である」を前編・後編に分けて、「小説家になろう」に掲載する予定です。
よろしくお願いします。