女王様は下僕くんに甘えたい
調子に乗って、第3弾
僕の身近の女王様は、容姿端麗。才色兼備。文武両道。博学多才。威風凛々。そして健康第一。
そんな僕の女王様が珍しく、風邪をひいた。
「なんだかねぇ、バルコニーで星を寝間着姿のまんまずぅっと眺めてたみたいなのよ。美夜ちゃんって実は寒さに弱いから」
そう僕に語ってくれたのは、女王様のお母様である。いかにも良家のお嬢様出身といったおしとやかさと、おっとりした口調が女王様とは正反対。
「でも律くんが来てくれてよかったわぁ。美夜ちゃんったらお熱は大したことないんだけど、久しぶりだから、すっかり参ってるの。でも律くんの顔見たら、きっと元気になるわねぇ」
「はあ」
僕はただ、担任の先生から頼まれたプリントを届けに来ただけなんだけどなぁ。だけど女王様のお母様のあまりの喜びように、そんなこともいいだせなくなる。
女王様の部屋のドアには、可愛らしいパステルカラーで“MIYA”と書かれたプレートがさがっていた。女王様のお母様が、軽くドアをコンコンとノックする。
「美夜ちゃぁん。律くんがお見舞いに来てくれたわよ」
だが返事はなかった。お母様は躊躇なくドアを開けた。
「あら、眠ってるわ。お薬が効いてるのね」
さすがに女の子の部屋に無断で入るのは憚られ、僕は外から室内を眺めるだけだった。
女王様のお部屋は一言でいうなら、とてもガーリーだった。壁紙は薄いピンク色で、窓にかけられたカーテンは水色の生地に、ピンクの花が繊細に描かれていた。カーペットは真っ白で、毛足が長くふわふわ。インテリアは白で統一してあり、あちこちにつぶらな瞳のぬいぐるみが飾ってある。さらに天井からは、本物のシャンデリアがさがっていた。
普段はやや高慢な女王様だが、彼女はその実可愛いものが大好きだ。ただ本人は自分の威厳に関わるからと、学校の人間には秘密にしている。このことを知っているのは、幼馴染みで下僕の僕だけだろう。
女王様は部屋の奥にある大きなベッドの上で、静かに寝息をたてていた。枕のすぐ横にお気に入りらしい、ウサギのぬいぐるみがある。
僕が入室をためらっていると、女王様のお母様がいった。
「ごめんなさいねぇ、ずいぶんぐっすりみたい。律くん、お時間がよければ、リビングでお茶にしない? ちょうど美夜ちゃんが好きなプリンをつくってたの。あの子も匂いにつられてきっと目を覚ますわ」
彼女のお母様の手料理がプロ並みであることは、先日の夕食会で証明済みだ。僕は喜んでその誘いを受けた。
女王様のお母様は、高そうなティーポットにこれまた高そうな茶葉をたっぷり入れ、やはり高そうなティーカップに注いでくれた。とてもいい香りだ。
「美夜ちゃんのお気に入りの茶葉なのよ~。あの子って結構味にうるさいから。律くんにも将来のために、あの子の好みを教えておかないとねぇ」
お母様はそういってなぜか上機嫌に笑い、自分にも紅茶を淹れた。それからオシャレなお皿に盛りつけられた、手作りカボチャプリンを出してくれた。栄養たっぷりのカボチャのプリンは一口食べてみれば、程よい甘さが口に広がった。しっとりなめらかで、優しい味だった。
リビングにあるアンティーク調のオーディオからは、お母様が好きだというクラシック音楽が流れている。僕は音楽には疎いが、このピアノの旋律は聞いていて心地が良かった。
「いい曲ですね」
思わず声に出していうと、お母様は嬉しそうにいった。
「でしょう? 私のお気に入りの一つなの。美夜ちゃんもおなかの中にいる時から聞いてるわ。今でもこの曲を聞くと、気分が落ち着くっていうの」
珍しく女王様の気持ちがわかる気がする。優しくゆったりした曲調は、思わず目を閉じて聞き入っていたくなった。
しかしながら、僕にそんな暇はなかった。
「ん……律……?」
ちょっと眠たげな声がして振り向くと、リビングと二階を繋ぐ階段から女王様が顔をのぞかせていた。ちょっと丈の長い水玉模様のパジャマ姿だ。
「律、どうしてうちにいるの?」
寝起きなためか、それとも熱のせいか、女王様の声はいつになく舌っ足らずだった。僕は学校のカバンに入れていたプリントを出した。
「先生に頼まれて、今日の分のプリント持ってきたんだよ。美夜ちゃん、身体は大丈夫?」
「うん……」
彼女はこくんとうなずいたが、まだいつものような元気はない。それでもゆっくりとした足取りで、こちらに向かってきた。
「律、心配してくれたの?」
「そりゃあするよ。美夜ちゃんが体調崩すなんて、めったにないし」
「そっかぁ。……えへへ」
なぜか女王様はふにゃりとした笑顔を浮かべたかと思うと、僕の隣に座って腕にしなだれかかってきた。
「わっ……み、美夜ちゃん?」
「律が心配してくれたぁ。えへへ、嬉しいなぁ」
そのままぎゅうっと抱きついてくる。その身体から、女の子特有の甘い香りが漂ってきて、頭がくらっとした。おまけに彼女は、寝間着のせいか……その、つけてないようだ。そのおかげで、いや! そのせいで、腕にダイレクトに感触が伝わってくる。
「美夜ちゃん、ちょ、ちょっと離れて……」
「えぇー、なんで?」
「あの、紅茶のカップがあって危ないし……。それに美夜ちゃんのお母さんも見てるから」
するとお母様はなにを思ってか、急に立ち上がった。
「美夜ちゃんもプリン食べれるかしら? 今持ってくるわねぇ~」
そう鼻歌交じりにいいながら、そそくさと去っていく。女王様はまるで気にしていないようだった。
「ママのプリン、おいしいでしょう?」
「う、うん。おいしいけど」
「でしょでしょー? 美夜もねぇ、ママのプリンだーい好きなのぉ」
な、なんなんだろう、この違和感。いつも高飛車で気高い女王様が、やたらに子どもっぽいような……。
「んぅ~……あつぅい」
まさか、熱のせい? 熱で意識がもうろうとして、子どものようになっているとか? そんなバカな。
「暑いから脱ぐー」
「それはやめてください」
うん、熱のせいだ。今女王様が僕に抱きついているのも、寝間着の裾に手を伸ばそうとしているのも、全部熱のせい。
数分して、女王様のお母様が戻ってきた。プリンと、女王様用にハチミツ入りの生姜湯を持ってきてくれた。
「ママはお夕飯の支度があるから、キッチンにいるわね。律くん、美夜ちゃんをよろしく~」
上品に笑いながらも、瞳に浮かぶのは完全に面白がっている色だ。さすがは女王様の生みの親。根底は同じというわけだ。
女王様は目の前にプリンを出されても、手を出すそぶりはなかった。ただひたすらに、僕の腕にぎゅっとしがみついている。仕方なく僕からいった。
「美夜ちゃん、プリン食べないの?」
「食べる」
「じゃあ離れないと食べれないよ」
すると女王様は、ぷぅっと頬をふくらませた。子どもが拗ねているのと同じ表情だ。
「あーんてして」
「はい?」
「律があーんしてくれたら食べる」
瞳をうるうるさせ、上目づかいに僕を見る顔は、いつもの女王様とはまったく別人のようだ。なのにどうしてか、僕の胸は騒がしく音を立てていた。
今の女王様は、熱があるんだ。僕は必死に自分にいい聞かせた。だからいつもより甘えん坊で、ちょっと子どもに戻ってるだけなんだ。子どもにあーんさせるなんて、おかしくもなんともない。そう、僕がやましい気持ちになる必要は、どこにもない!
僕はスプーンを手に取ると、彼女の分のプリンを少しすくった。
「じゃあ、あーん……」
「あーん」
女王様はぱくんと食べて、それから一気に破顔した。
「おいしぃ~!」
「よ、よかったね」
「律ぅ、もう一口ぃー」
「……あーん」
「あーん!」
それからも女王様は、一向に自力で食べる様子は見せず、結局全部僕が食べさせるはめになった。なんだろう。こき使われているのはいつもと同じなのに、いつもより精神的に疲れる気がする。
プリンを食べ終え、生姜湯をほんの少し飲むと、女王様はいきなりいいだした。
「律、お部屋いこ」
「へ?」
「美夜のお部屋。あのね、ウサギのリリーちゃんがね、律に会いたいって」
ウサギのリリーちゃんって……。もしかして、ベッドで一緒に寝てたあのぬいぐるみのことかな? まさか、あの部屋にあるやつ全部に名前つけてるのか?
「いこー」
「わ、わかったから引っ張んないで」
半ば強引に押し切られる形で、僕は再び女王様の部屋にいった。
女王様はご機嫌な様子で僕を部屋に招き入れると、大きくてふかふかのベッドに座った。まだ腕にしがみつかれたままの僕も、自然と隣に腰掛ける形になる。
不可抗力とはいえ、仮にも好きな女の子の部屋で、ベッドに二人っきり……。文字だけ見ればとても魅惑的だが、現実はそう甘いものじゃない。
「ほら、この子がリリーちゃん。可愛いでしょ?」
「う、うん。可愛いね」
「すっごく寂しがり屋だから、いつも一緒に寝てるんだぁ。ほら、こんにちはっていってる」
「こ、こんにちは……」
すっかり子どもに戻ってしまったような女王様に、僕の調子も狂いっぱなしだ。
「あとねー、あっちのくまがブラウニーで、隣のリスがちまちゃん、あそこの猫がミス・キャット。それから……」
部屋にあったおよそ二十個近くのぬいぐるみすべての紹介が終わる頃には、彼女よりも僕の方がぐったりしていた。興味もないぬいぐるみの名前を教えられるのも酷だが、それよりもずっとしがみつかれたままの腕が辛い。僕だって一応は健全な男子高生ゆえ、女王様のそれなりに弾力のあるそこは大変毒だ。
「あの、美夜ちゃん……。僕もうそろそろ帰らないと」
それに彼女だって一応は病み上がり。あんまり動き回るのはよくないはずだ。
ところが次の瞬間、女王様の顔が歪んだ。
「帰っちゃうの……?」
今にも泣きだしそうな声だった。
な、なんなんだろう。この、まるで純真無垢な子どもを傷つける悪い大人になったような気分は。そもそも僕は今日、彼女に先生から頼まれた届け物をしに来ただけであって、長居をするつもりじゃ……。
でも、普段の女王様からは想像できないようなうるうるした瞳が、罪悪感をかきたてる。これはどれが正解なんだ? このまま女王様の一時の気の迷いに付き合うのか。それともこの手を振り払って逃げ出すべきか。
こてん、と女王様の頭が、僕の肩にもたれてきた。
「ずっと律と一緒にいたいのに」
甘えるというより、ぽつりと漏れたような言葉に驚いた。
「美夜ちゃん……?」
「だって、ずっと一緒にいたんだもん。これからも美夜の隣には、律がいなきゃダメ。律が傍にいない美夜なんて、美夜じゃないもん」
女王様は無意識のうちに、僕の肩に頭をぐりぐりと押しつけてきた。
「美夜は素直じゃないし、ちょっと意地悪かもしれないけど……。律を大事にしてる気持ちは、誰にも負けないから。律の一番傍にいたのは、美夜なんだもん。美夜は、誰にも負けないんだから……」
「うん」
「律は、ずぅっと美夜の律なんだから……」
「うん」
「美夜の傍から離れちゃダメ。だって美夜は……律のことが……」
言葉が徐々に小さくなったかと思えば、完全に途切れた。おや、と思って彼女を見れば、静かな寝息をたてていた。僕はそのおでこに手を当てた。まだちょっと熱いかな。
肩に持たれていた彼女をそっと、腰かけていたベッドに横たわらせる。女王様はわずかにむにゃむにゃと声をあげたけど、目を覚ます様子はなかった。
まるで眠り姫みたいだなぁ。安らかな寝顔に、ふとそんなことを思う。童話の中の眠り姫は王子のキスで目を覚ます。じゃあ、彼女にとっての王子様って誰なんだろう。
『美夜は、律のことが』
さっきこのあと、なにをいいかけたんだろう。いつもよりほんの少し子どもで素直になった女王様から、本心を聞くチャンスだったかもしれないのに。
でも……。
「僕も美夜ちゃんが傍にいなきゃ、ダメなんだよ」
女王様あっての下僕だから。僕は彼女なしには生きられない。彼女の王子様になれなくてもいい。傍にいることさえできれば。
「おやすみ、僕の女王様」
僕の制服の袖をつかんでいた女王様の手をほどいて、部屋を出ようとした……が。
「ん……帰っちゃダメぇ」
眠っていると思っていた女王様が、手を伸ばして僕の腕をつかんだ。かと思うと、ぐっと引き寄せられ――次の瞬間、唇にふにっとした柔らかなものが当てられていた。あまりに突然のことに、身体が硬直する。
一方の女王様は僕の腕を離し、満足げに微笑んでいた。それから今度こそ本当に、寝息をたてはじめた。
僕の正常な記憶は、ここまでである。
学校の女王、小鳥遊美夜は翌日には完全復活を果たした。風邪なんてどこへ吹き飛ばしたのやら、以前と一寸たりとも変わらぬ様子であった。
しかしながら彼女は知らない。彼女の下僕くんが昨日、自分を見舞いに来ていたことも。下僕くんにどんな態度で接していたかも。最後に下僕くんになにをしてしまったのかも。そして今現在、下僕くんが熱を出して休んでいる理由も。きれいさっぱり、風邪と一緒にどこかへ置いてきてしまっているのである。
覚えていないというのは、彼女にとって幸か不幸か。また下僕くんにとっても、幸か不幸か。しかしながらこれだけはいえよう。下僕くんが次に女王様と会う時、二人の関係はほんの少し変わっているのだろうと。
「どうして私が登校する日にかぎって律がいないのかしらっ。熱に負けるだなんて、だらしのない男ね」
……まあ、おそらく。
棚上げは女王様の専売特許です!
一度、風邪ひくとツンからデレになっちゃう女の子を書いてみたかった……。
願望が叶いました( ;∀;)
感想・評価などお待ちしております<(_ _)>