入口
「アーシャわからない……沢山わからない。」
要約した話を聞いても理解が追いつかないアーシャ、
ネハはそれを困ったようにアーシャの顔をのぞき込む。
「やはりこれは単語だけ教えても難しいか。」
そこにはぼさぼさの黒い髪とフードに隠れ、
太陽の光を飲み込むような真っ黒な瞳があった。
ネハと同じ程に白いその肌はひび割れ、
今にも崩れそうになっているが、
不思議とその形が崩れることは無かった。
「難しい……。」
何処でもない遠くを見据えるその瞳は、
とても不思議な力を持っていて、
見つめあうと吸い込まれそうになるが、
ネハは拒まず見つめ続ける。
「だろうな、私にも何故そんな無謀な事をしたのか理解できなかった。」
「ネハでもわからない……?」
「そうさ、単語が分かっても難しい。」
下を向き少し気が落ち込むアーシャ。
分からない単語が多いのもそうだが、
自身がしていた事だと考えると、
さらに疑問を持った。
「理解できなかったのは答えが無いかもしれないのに歩き続けたと言う事だ、しかしだからこそアーシャ
達は美しかったんだ。」
落ち込むアーシャの手をゆっくりと引くと、
再び歩き出すネハ、
少し大き目の砂の谷を二体はゆっくりと登る。
「今なら分かる、アーシャが動いた何が起こるのか分からないこの世界線は、1e+20個の世界線より価値があって、楽しく、美しいと。」
そして頂上にたどり着いたそこから見下げる景色は、
今までとは対照的な光景で、
「さぁ、ここが1423年5か月30日と13時間51分後の世界だ。」
真っ黒な世界が広がっていた。
「アーシャと同じ。」
先ほどまであった地平線は消え、
世界の先を隠すように真っ黒な岩の柱が、
光を遮るほどに横にも奥にも無限に生えていて、
さながら壁のようになっていた。
柱の壁は何層もの岩で出来ていて、
下の方に小さな亀裂がある。
ネハはそれを確かめると、
アーシャを連れて一歩踏み出した。
「私も直接観測するのは初めてだ、いつもだったらこの時間は核爆発を眺めているからな。」
岩自体はこの世界では沢山あった、
しかしここまで岩しかないのは初めてである。
二体は身をより合わせ少しずつ砂の谷を下る、
壁の真下を目指して。
「……アーシャ死ぬ?」
「死なないさ」
砂煙が舞うと少し滑り、
その流れに任せて下っていく。
「ネハ?アーシャ死ぬ?」
「死なないさ。」
段々と加速していき、
砂煙が二体を覆い隠すと、
その中から小さな悲鳴が聞こえた。
「死ぬ”?死ぬ”?」
「はははは!死なないさ!」
30時間ほど前に覚えた単語を口走るアーシャ、
どうやら滑り落ちるのが怖いらしい。
勢いよく砂を下るネハに必死にしがみつくその光景は、
何やら愛おしく思えた。
「ほら!」
「嫌い嫌い嫌い!」
怖がるアーシャを面白がったネハは、
アーシャから離れると先に下って行ってしまった。
全く動きのないこの世界に、
二つの大きな砂煙が舞い上がると、
初めて声が反射し、
壁から二体の声が返ってきた。
「……」
先に真下に着いたネハを追うように転げ落ちて来るアーシャ、
そう、
転げ落ちてきた。
「悪かったと思っているすまなかった、しかしだ、あんな声が出せると分かったら試してみたくもなるだろう?」
「……」
ネハの話を無視して立ち上がるアーシャ、
しばらく黙ってブツブツとつぶやき歩き出すと、
納得したようにネハを見つめ、口を開いた。
「ネハ嫌い、でも、死ぬの楽しい。」
ひび割れた顔がいつもと違う形をすると、
ネハの心は少し踊った。
「ネハ嫌いは正しいが、死ぬのが楽しいはおかしいだろう。」
その顔を見たネハは、
一瞬自身の付けているお面に手を触れ、
静かにその手をローブに戻した。
「では進もうか、まだまだ世界の果ては遠い。」
話が一段落つくと、
ネハは真っ黒な壁を見上げた。
灰色の空が見えなくなるほどに高いその壁は、
太陽すら遮り、
この世界では珍しい大きな影を作っている。
「冷たい、ネハと一緒。」
「一緒だが少し違う、これは冷たいではなく涼しいと言うんだ。」
「冷たいとは少し違う、涼しい……覚えた。」
壁に向かって歩き続けると二体は壁の影に入り、
太陽から隠れた。
比較的熱くない砂を踏みしめ少しずつ壁に近づくと、
日向にいた頃には小さくしか見えなかった壁の亀裂も、
今では見上げるのも大変な程大きくなっていた。




