最期の一撃
女性飛行士のミッチー曹長は、補給物資を積んでスペースコロニーに向かっていた。その途上の星域に敵の宇宙艦を発見した。
すぐさま旋回したミッチーは、警告の意味をこめて、艦橋のそばをかすめ飛ぶ。敵はここでミッチーに遭遇するとは予想していなかったらしい。敵艦は大きく舵をまわすと、全速力で逃げだした。
艦橋が間近に迫ったとき、敵の顔にあったのは驚きと憎悪だった。いまは追いはらえても、再びこの星域に戻ってくるのは間違いないだろう。
コロニーに着陸したミッチーは、運んできた物資を倉庫にしまうと、司令官のもとに向かった。入植地をおびやかす事態になるのでは、と心配でたまらない。
「敵はわれらのコロニーを見つけたのか」
鋭い目と細長い手足をもつ、女性司令官が厳しい声できいた。
「すぐ近くまで来ていました。発見された可能性は高いと思われます」
「敵の狙いはなんだと思う? ミッチー」
「コロニーの破壊だと思います」
「それは断じて許さん。この入植地の建設には莫大な労力と時間がかかっている。敵の攻撃を受けたならば、われらは命をかけてでも、ここを守らなければならない」
「わかっております。それは覚悟のうえです」
「まずは偵察機を飛ばし、敵の様子を探ろう。おまえはコロニーの保安に戻れ」
ミッチーは女性司令官に敬礼して退出した。
女性兵士が、入り組んだ廊下を慌ただしく行きかっている。彼女たちの顔つきは一様に険しい。ミッチーの報告はすでに入植地内に知れ渡っているのだろう。三十機の偵察機がコロニーを飛び立ったと聞いた。
「ハニー」囁き声がした。
枝分かれした細い廊下の角に、ジョーイの端正な顔がのぞいた。
ミッチーはさっとあたりをうかがい、彼のひそむ廊下にすべりこんだ。2人で会っているのを、他の兵士に見られたら大変な騒ぎになる。
「もうわたしの前にあらわれないと約束したでしょう」
ミッチーの口調はそわそわと早口になった。
「そんなの理不尽だ。恋人どうしが会って、なぜ悪い。ぼくはきみを愛している」
ジョーイが甘えた口調で言った。
「だめよ。あなたの体は女王陛下のものよ。それに、いまはそんなときじゃない。コロニーに危険が迫っているの」
「そんなの関係ない。ぼくにとってはきみが全てなんだ」
ジョーイが駄々っ子のように言い、ミッチーを抱きしめた。
ミッチーはそれを拒もうとするものの、ジョーイのたくましい体に包まれると、あふれる愛しさを抑えきれない。
われら種族の男性は図体ばかり大きな役立たずだ。ジョーイなどは日がな一日、なんの仕事もせずに食事を与えられ、コロニー内をぶらぶらしている。
そんな彼らの役割は生殖だ。子孫を増やすためだけに存在する。そして入植地がいっぱいになると、男はまっさきに追い出されるのだ。
ミッチーは自分が女王の兵士と決められた時点で、誰からの愛も捨てる覚悟を決めていた。
「やっぱり、だめ」
ミッチーはジョーイを突き放した。
枝道から廊下に飛び出したミッチーは、女性将校とぶつかった。彼女にじろりとにらまれ、ミッチーは慌ててあやまった。将校が叱責をとばして立ち去っていく。
危ないところだった、とミッチーは胸をなでおろす。ジョーイと会っていたところは見られなかったようだ。
枝道にジョーイの姿はすでになかった。
3隻の敵艦があらわれたのは翌週だった。それを先導しているのは、先日、追いはらったあの艦船だ。
3隻はコロニーを周回し、偵察している。われらの攻撃部隊が出撃すると、敵艦はほどなく退散した。
ついにこのときが来た。近いうちに大規模な攻撃が開始されるだろう。
敵の兵力は、われらの力をはるかに上まわっていた。一度、目をつけられたら最後、これまでの経験からコロニーの破壊はまぬがれないだろう。
やつらに目の敵にされる理由がまるでわからなかった。われらはただ、自分の住処を守りたいだけなのに――。
「もはや、一刻の猶予もならない。このさいは特別攻撃隊の編成を決めた」
女性司令官の言葉に、女性兵士のあいだに緊張が走った。
有事には女性兵士の全てがコロニーの防御にあたる。そのなかでも、みずからの命を投げ捨て、敵に体当たりするのが特別攻撃隊だ。
名乗りをあげる兵士はいなかった。誰かが志願すれば、われもと続くかもしれないが、その最初の手が上がらなかった。
司令官の鋭い目が、兵士のあいだを駆け抜ける。その表情からは、あせりと苛立ちがうかがえた。
うしろがざわついた。男たちが作戦会議の様子をのぞいているのだろう。司令官の視線が飛ぶと、ざわめきはぴたりとやんだ。男は戦闘に参加しないが、会議の内容は気になるらしい。
あのなかにジョーイはいるだろうか。ミッチーは彼の姿を確認したかったが、司令官の目があるなかでは、とてもできなかった。
「この場で答えなくてもよい。特攻隊に志願するものは、いつでも名乗り出なさい。しかし、思い悩んでいる時間はないと肝に銘じておくのだ」
司令官は、そうしめくくった。
ミッチーはその夜、なかなか寝つかれなかった。司令官の言葉が頭のなかをぐるぐる巡る。特攻隊の志願は、例外のない死を意味していた。
「ぼくのハニー」ジョーイが寝室に顔をのぞかせた。
「会いに来たらだめだって、何度言ったらわかるの」
「ぼくはもう我慢できない」かまわず上にのしかかってくる。
「だめ、あなたの体は女王陛下のもの。こんな関係は決して許されないのよ」
「ぼくは女王にふられた。彼女はぼくを選ばなかったんだ」
「だからって許されるわけない――」
言いかけた口をふさがれた。
ミッチーは、ジョーイの体を突きのけようとする。
戦争が始まれば、自分は死ぬかもしれない――その思いが抵抗する力を奪った。ミッチーはついにジョーイの腕に身をまかせた。
「これで、ぼくが死んでも、ぼくの子孫をのこせる」
「やっぱり、だめ。わたしにはできないわ」
思わず力が入り、ジョーイを突き飛ばした。言葉がほとばしる。
「わたしに生殖能力はないのよ。女王陛下以外の女性はみんな去勢されるのを知らないの? わたしはあなたの子供をつくれない」
ミッチーを見上げるジョーイの情けない目が、薄闇のなかに光る。
にわかに廊下が騒がしくなった。ミッチーが思わずあげた声に、なにごとかと女性兵士が集まってくる。寝室の2人の状況から、どんな言い逃れもできなかった。
兵士のなかから、1人の将校が進みでた。
「あなたがたの処罰は女王陛下に決めてもらいます」
将校が冷たく言い放ち、集まった兵士に自室に戻るよう指示して立ち去った。
女王の判決は、翌日、司令官の口から言いわたされた。
「ミッチー曹長は、今日づけで少尉に昇進し、特別攻撃隊の隊長とする。コロニーを守るためなら死ぬ覚悟だと言ったのを、よもや忘れてはいないな」
2階級特進――それは死刑の判決でもあった。
ミッチーは強く目をつぶった。
「ぼくはあの女にそそのかされたんだ。ぼくを誘ったのはあの女のほうだ」
わめくジョーイを、2人の女性兵士が引きずっている。ジョーイは入植地からの追放を言いわたされていた。彼の哀れな声がしだいに遠ざかっていく。
「ミッチー少尉、返事は?」
「はい」ジョーイを忘れ、コロニーに殉じる意志をかためた。
翌早朝、3隻の戦艦が姿を見せた。3隻とも厚い装甲に身をかため、完全武装している。
コロニーからいっせいに飛びたった先発部隊が、敵の攻撃を迎え撃つ。
ミッチー少尉ひきいる特別攻撃隊のメンバーは、コロニー内で司令官の出撃命令を待っていた。先の迎撃が失敗すれば、つぎはミッチーの出番だ。
数では敵を圧倒するわが軍だが、戦艦の巨大さには目を見はらされる。さらにその堅い装甲は、われらの攻撃を簡単にはじきかえす。戦力の差は誰の目にも明らかだ。特攻隊の出撃は、もはや時間の問題だろう。
コロニーが激しく揺れた。敵の攻撃が始まったのだ。
「ミッチー少尉。特別攻撃隊を出動させろ」
女性司令官の命令が出た。
ミッチーひきいる特攻隊が出撃した。ミッチーの指示で3つの編隊に別れ、敵戦艦に向かう。体当たりを試みるが、厚い装甲に阻まれ、つぎつぎ墜落していく。まるで歯が立たなかった。
敵艦はわれらの攻撃にはひるまず、コロニー破壊の手をゆるめない。
入植地から炎があがり、白い煙がふきだした。
もはや、これまでか――。ミッチーは歯がみした。コロニーをうしなえば、自分が生きている意味はなくなる。せめて最期に、敵に一矢むくいたい。
そのとき、戦闘宙域の外れに、見覚えのある艦船をミッチーの目はとらえた。
われらのコロニーを見つけ、破滅に導いたあの敵艦だ。軍用艦ではないらしく、戦闘には参加していない。厚い装甲にもおおわれていなかった。
ミッチーの一撃では、相手にさほど被害は与えないだろう。しかし、あいつにかすり傷ひとつ負わせず死ねるものか。敵がミッチーの存在に気づいた様子はない。
ミッチーは狙いをさだめると、いっきに加速した。
敵艦船がぐんぐん迫る。
間近まで来て気づかれた。敵の目に恐怖の色が浮かぶ。
「女王陛下、ばんざい」
ミッチーは敵の艦橋めがけて急降下した。
*
「痛えっ」
悲鳴が聞こえた。依頼主の権田昭三(62)が顔を押さえてうずくまっている。ハチに刺されたらしい。
保健所の職員3人は、ハチの巣を撤去する手を止めた。
防護服をまとった竹本課長は、足早に権田に近寄った。
「これ、どうします?」
若い部下の1人が、火をつけた発煙筒を掲げている。巣のなかにいるハチを仮死状態にするため発火したが、いまは巣の撤去どころではない。
権田の頬は赤く腫れあがっていた。顔面蒼白で冷や汗を流し、息も絶えだえの様子だ。
「アナフィラ――なんとかでしょうか」
権田を横たえさせながら、もう1人の部下が不安そうにきいた。
「アナフィラキシー・ショックかもしれない。すぐ救急車を呼ぼう」
竹本は携帯電話を取り出した。
1週間前、裏山の木にミツバチの巣を見つけたので撤去してほしい、と権田が保健所の相談窓口を訪れた。
スズメバチならまだしも、ミツバチなら、巣に近づかないかぎり大丈夫ですよ、と最初は断ったらしい。
「おれは小さいころミツバチに刺され、その毒のアレルギーで大変な目にあった。つぎに刺されたら、ショック死するかもしれない。命にかかわるんだ」
権田は強くうったえた。
それで保健所職員は重い腰を上げた。
何度も依頼されていたのに、すぐ対応しないで権田を死なせたとなれば、保健所の責任問題になりかねない。権田を介抱する部下が不安そうなのは、それもあるのだろう。
竹本は通報を終えた。
「だったら権田さんは、ハチの巣の撤去を見物に来なければいいのに」
使用済みの発煙筒を持つ部下は不服そうだ。
「ハチの巣の最期を見届けたかったんじゃないのか。よほどハチを憎んでいたんだろう」
竹本はそう答えた。ふと、自分の足もとに転がるハチの死骸に気づいた。
「課長、権田さんの意識がありません」
「いかん。権田さん、権田さん――」
*
1匹の女王バチを中心に家族構成されるハチは、社会的な昆虫として知られている。
巣の運営にあたる働きバチは全てメスである。そのなかでも、ロイヤルゼリーで育てられた幼虫が女王バチとなる。
オスは生殖のためだけに生産される。他にはなにもせず、メスから食事を与えられ、1日中ぶらぶらしている。
春になると、女王バチはオスの集団と巣から飛び立つ。何匹もと交尾を行ない、一生に必要なだけの精子を、その体内にたくわえる。
射精したオスはその場で死ぬ。交尾できずに生き残ったオスも、繁殖期が終わると巣から追い出される。オスは自分では食物を獲得できないので、いずれは飢え死にする。
産卵を開始した女王バチからは、他のハチの産卵を抑制するフェロモンが分泌される。働きバチがメスなのに卵を産まないのは、そのためである。
こうして一匹の女王バチとその子供という家族構成は守られるのだ。
ハチの毒針は産卵管が変化したものである。オスに毒針はない。
ミツバチの針には返しがあり、刺さると抜けなくなる。無理に抜こうとすると、内臓ごと抜き出されて死にいたる。
まさに最期の一撃である。
了




