第9話 第二章 桎梏
第二章 桎梏
「はあ、久しぶりの休みだあ。」
歩きながら窓に映った自分の服装をチェックする。
短いフリルの黒いスカートにニーハイソックス、白いウールの長袖に紫のロングマフラー。
何処からどう見ても街にいる普通の女の子。
ハルはそんな自分に満足していた。
生まれてから隊に配属されるまで外に自由に出ることなどなかった。一週間に一度、街で諜報活動が出来るように実習があったが、逃げ出さないように他の隊に見張られていた。
逃げ出しもし見つかれば殺される。
そのことは身をもって知っていた。
ただ隊に配属されてからは行動に制限がなくなり、外を自由に出歩けるようになった。
ハルは休みの日は必ず外に出て、あの血生臭い組織とは違う空気を吸い、普通の人間として過ごすようにしていた。
いつも行く公園は紅葉のため憩いの場と化し、見慣れない何組もの家族がござをひいて弁当を広げていた。
団欒を味わったことの無いハルはその微笑ましい光景に頬を緩めることも知らず無表情でベンチに腰掛けた。
木漏れ日がハルを優しく包み込んだ。
しばらくハルはその暖かさを全身で感じていた。
「はあ。今日はホント気持ちいいねえ。何しようかな。今日。ねえ、何したい?」
誰かが隣にいるわけではない。けれどハルは話をしていた。
それは右腕に巻いた宝物のローズクォーツのブレスレットを相手にしたもの。
そして声をかけるハルの顔はとても優しいものだった。
「寒くなってきたし、暖かいお茶は決定だよねえ・・・。私ケーキも食べたいな。」
心に浮かび上がる会話の相手は一緒に育ってきた青い眼の少年だった。
いつもハルを見守って、必ず横を歩いていた。
もう二度と自分に笑いかけてくれることも答えてくれることもない、永遠に成長することのない大切な人。
思い返すと幸せと悲しみがこみ上げてきた。
「私も早くそばに行きたいなあ。そしたらこの前のカップルみたいに人に見られながらチュウできるし・・・。でも、私のこと怒ってるもんね。でも、でもね、今度は私の話、少しは聞いてね。」
前に人の気配を感じて慌てて顔を上げた。
そこには青のパーカーに黒いズボンをという私服のルカが立っていた。
「怪しい女発見!」
「うるさいなあ!期待して損した!もっと、カッコイイ男の人がナンパしてくれると思ったのに!」
ハルは聞かれた恥ずかしさからいつもよりも早口でルカを怒鳴っていた。
「充分カッコイイだろうが。」
ルカは何処で買ったのかホットドッグを片手に持ったまま、ハルの隣に腰掛けた。
「なあ、かなり痛い人間だぞ。今のは。不審者って通報されても知らないからな。」
「うるさぃ・・・。聞いてたの?」
「降霊術か?・・・。呪われるぞ。本当に。」
ハルは珍しく感情を表に出した。
顔を赤くし頬を膨らませるとルカと目を合わせないように反らしていた。
けれどルカはそれ以上何も言わず、ただホットドッグを食べ終えると手を払い立ち上がった。
「さ、お茶、飲みに行くか。」
反らしていた顔をほんの少しだけ戻すと微笑んでいるルカと目が合った。ハルは頬をしぼめただルカを見ていた。
「こんな寒いとこより、折角休みなんだしさ。有効に使おうぜ。俺、ココアと、チョコケーキ。」
「うわ、甘・・・。」
「ついでに、マロンタルトもいいなあ。」
「何で太らないのかわかんない。」
「さ、行こう?」
ルカは無理やりハルの手を取って歩き出す。
冷たいハルの手と全く違う暖かいルカの手。
幼い頃からの訓練のせいで、タコがたくさん出来て硬くなってしまっていた手。
ハルはルカが探しに来てくれたことくらい分かっていた。
ここ数年、休みになると必ず一度自分の顔を見てゆく。
まるで生きていることを確認するかのように。
はじめは単なる偶然かと思っていた。
道ですれ違うだけであったり、お茶している隣に座っていたり。
けれど、今はお互い何を言うこともなく、こういった休みを繰り返していた。
不意にルカが立ち止まり、左を向いたまま静止した。
「わ、もお・・・急に止まらないでよ。」
ルカの背中に激しくぶつかったハルは手を振り解き、鼻を押さえて睨んだ。
ルカは暫く厳しい目をしてから、何事もなかったかのように歩き出した。
「何?一体・・・。」
「嫌。別に。」
「ねえ、今日は行きたい店あるんだ。この前任務中に見つけてね。絶対ルカも好きだよ。」
「おお、何でもいいぜ。ってゆうか、お前そのスカート短くないか?」
「え?そうかなあ?今風でしょ。」
「俺、階段でそんなスカートはいてるやついたら確実に覗くね。」
「サイテー。」
「俺は男だ!でも、別にハルのパンツはみたくねえなあ。いつも部屋の隅に干してあるもんな。色気のないシマシマのパンツ。」
「うるさいなあ!」
ハルは力いっぱいルカの背中を叩いた。
そんなハルにルカは微笑み肩に手を回した。
「何・・・馴れ馴れしい。」
「ま、とにかく行こうぜ!お前の食べたいケーキ屋!」
ルカに引きずられるように公園を出たハルは目当ての店に向かった。
見られていることも気がつかず。