第8話 任務その壱その参
「ふわあああ、おせえなあ。結の奴等」
ルカがあくび混じりに呟くと、ソウマも苛つきながら時計を見る。
第二合流地点の集合時間は十一時。
けれども時計は午前一一時五分を過ぎていた。
「ええ、そうですね。」
ハルは馬車にもたれ眠ってしまっていた。
「しかし、さっき敵襲があったのによく寝てられるなあ。」
「あの薬かなりきついみたいですからね。」
「別に薬飲まなくても、死にゃあしないんだろ?だったらメンターも飲ませるの止めればいいのに。」
「薬がないと眠れませんし、それに・・・。」
「それになんだよ?」
「それにあの薬を飲めば思考と感覚が鈍ります。この前みたいな任務のときはそうなったほうがあの子には楽でしょう。麻痺していたほうが・・・ね。」
ソウマは腕を組んで目を伏せ、ルカは何も言わず空を見上げていた。この日の空はまるで今のルカのように少し曇っていた。
そんなルカは何か気が付き、追うように視線を落とした。
視線の先は自分たちの進行方向。
そこから細い桃色の狼煙が上がっていた。
「あれ、狼煙・・・か?」
「うちのもののようですね。桃色・・・ということは助けを求めてますが行きますか。どっちにしろ進行方向なんですし。」
ソウマの言葉にルカは忌々しそうに呟く。
「結じゃねえのか。何で先進んでんだよ。合流ポイントここだろ?まあ、ここらであのナルシーに格の違いを見せつけてやるか。」
ルカはハルにでこピンを喰らわせた。
「んっ!・・・?・・・どう・・・したの?」
まだ現実に戻れず目を開けられないハルにもう一度でこピンを喰らわせる。
「いいから、起きろ!早く!」
「痛いってばあ!何・・・どうしたの?」
「狼煙が上がってる。」
ハルは空を見回して狼煙を見つけると目を開けて銃を持った。
「なんだこれ・・・。」
前には何かの塊が散乱していた。そのせいで視界に入る物全て真っ赤に染まっていた。
ルカは呆然と見つめ、ソウマは血のしみこんだ土の上を無言で歩き足を止めた。
落ちていたのは首だった。
ご自慢の前髪はいつものようにセンターで分けられ、きっちり油で固められてはいなかった。乱れ、血や土が付着していた。
「結・・・。ですね。」
まだ桃色の狼煙はかすかな煙を出していた。
ルカはそれを足で蹴った。
「間に合わなかったのか・・・。それとも誰かが殺してから、点けたのか・・・。」
「さっきの、神の御剣の仕業ですかねえ?」
ハルは後ろでただ塊を眺めていた。バラバラに裂かれた人間というものが嫌な記憶を思い起こさせた。
自分が一生罪を背負って生きてゆくことになった日の出来事を。
自分にとっての幸せを全て自分で失ってしまったあの絶望感を。
無意識に木の幹に寄りかかりその場で吐いた。
朝から食事を取っていなかったこともあって、すぐに吐くものがなくなり蹲った。
きっと薬を飲んでいなければここで発狂して動けなくなることは自分で容易に想像できた。
(早く・・・早く・・・死にたい。)
ハルは誰にも告げたことのない望みを心の中で念じその場で気を失った。
「そうか・・・。」
「は、先程第二小隊、十五名の犠牲を出してしまいました。」
結発見現場から少し距離を置いたところでハルたちを襲った隊と結を襲った隊が合流した。
『神の御剣』と呼ばれる国の精鋭部隊。
賓度跋羅陀者を闇とするなら国民の期待を一身に浴びた彼らはまさに光の部隊だった。
軍の中から選抜され、入隊できることが栄誉であり、誇りだった。
子供たちは皆、神の御剣に入隊することを夢見ていた。
今回の任務の司令官らしき人間は『結』殲滅に加わっていたため、別隊が甚大な被害が出たことを今ここで初めて知った。
「やはり、軍では役に立たないか・・・。」
「自ら志願したにも関わらず・・・申し訳ありません!これだけの被害・・・。」
初めて小隊を持たせてもらった男は自分よりも年下の班長に膝をついて頭を下げた。
男が決して出世が遅いわけではない。
自分達を束ねるこの二十歳を超えたか超えていないかの若造が恐ろしい速さで頭角を顕しただけだ。
「まあいい・・・残念だが、退却する。」
手元にはもう自分と土下座している部下と八人の兵士しか残っていなかった。
ただこの男は組織の強さに恐れをなした訳ではない。
彼にとって別に何人部下が死のうが関係はなかった。
むしろ興味があるのは今彼らと戦っていた構成員たちだった。
「申し訳ありません。」
「まさか、これほど力があるとは・・・。」
班長は戒の方に目をやって笑みを浮かべ、一言呟いた。
「すぐに組織など潰してやるさ。」