第74話 母親
「あの、もう・・・いいです。」
「え?」
「少し・・・寒くて。」
「あら、気がつかなくてごめんなさいね。」
ハルが消え入りそうな声で小さく頭を下げるとアヤは気を悪くした風でもなく片付けに出て行った。
ハルはその後目を泳がせ、思いついたようにベットから降りた。
歩くたび左足の刺し傷が痛んだ。
「あ、あのちょっと・・・お手洗い。」
眠っているトウヤを起こさないように、目のあったソウマに断ると部屋を出た。
シギは任務に行き、ルカはトオルとどこかへ出かけたようだった。
ハルはトイレには行かず、ただフラフラと歩いていた。
建物を夕暮れの静かな光が照らしていた。
目に付いた階段を上ると白い洗濯物の向こうに王城が見えた。
城はルカと見たときと同じように夕日を浴びて金色に輝いていた。
「お城・・・きれい。全部壊れなくてよかった。」
景色の美しさに少し持ち直したかと思ったが、涙が頬を伝う。
「おばちゃん・・・。」
例え世間の人全員から罵られてもバネッサにだけは罵られたくはなかった。
誰に責められてもバネッサにだけは責められたくなかった。
誰にもほめられなくてもおばちゃんだけには見ていて欲しかった。
涙が一粒地面に落ちた。
堪えようとして涙は次々に地面に落ちた。
できることなら自分もバネッサの子として生まれたかった。
子供の頃はトウヤがうらやましくて仕方なかった。
「何で・・・?」
(頬にキスをしてくれなくなったのは構成員になったからじゃない・・・。私が憎い女の顔にそっくりだって気付いたから。トウヤを私のせいで失いかけたから・・・。)
「ごめんなさい。おばちゃん、ごめん・・・。」
今は産みの親が分かったことよりも、育ての親に憎まれていたということのほうが衝撃が大き過ぎた。
心をよぎるものも全てバネッサへの思いばかりだった。
「目が覚めたと思ったら、大泣きかよ。」
「ルカ・・・?」
ルカは黄色のパーカーのポケットに手を突っ込みながらハルに笑顔を向けた。
「トオルと一緒に可愛いパンツ買ってきたぞ。シマシマパンツはもう卒業だ。今度はイチゴ柄だ。」
ルカはパーカーからおもむろにパンツを取り出した。
「キモイ・・・なんで手に持ってんの?」
ハルは顔を反らして涙を袖で拭いて、顔を緩めた。
「人生初の可愛い下着。大切にしろよ。」
「もう、もってるもん!この前買ったもん。可愛いフリルの勝負下着!折角トウヤと一緒に痛んだから店で一番エッチっぽくて可愛い奴一生懸命選んだんだから!それに、イチゴ柄って何?」
「俺、ハルにはイチゴ柄合うと思うんだけど。ほら。」
握らされてハルは白地に無数にちりばめられたイチゴの綿のパンツを見て噴出した。
確かにこの前の自分が背伸びして買ったものよりも自分にはこっちのほうが合っている気がした。
「な、デートしようか。」
「え?」
ハルの答えを聞かず、抱き上げると屋上に備え付けられた給水塔の上に上がった。