第72話 二人の過去 ・・・そして
「お前と出会ったのは組織の命令だったからだ。行動パターンを把握して散歩をしていたお前と会った。何かの情報を聞き出すために。・・・でも・・・。」
「でも、何?」
「お前といたときの俺も、子供ができてうれしかった俺も、全部本当だ。」
その言葉を聞いてアヤからはとめどなく涙がこぼれた。
ずっとその答えが聞きたかった。
その答え以外聞きたくはなかった。
カイクの表情は変わらなかった。
「任務を終えたらお前を迎えにいって一緒に暮らすつもりだった。あの時の総裁は今の総裁と違い穏やかで温かい人だったから俺が組織を出ることを許してくれた。子供と妻を守りたいって言ったら、ただ微笑んで。あの人にもそのとき大切な妻と、生まれた子供がいたから・・・。」
アヤの脳裏に父の前に引き出された貴族の男がよぎった。
軍を司る鷹紋家と並ぶ名門貴族で彼の家は財を司っていた。
そこの当主が賓度羅の総裁として捕らえられたのだ。
カイクとさほどの歳の変わらない男で、何語ることなくその場で舌を噛んで果てた。
ただその夕方、金髪の女が門の前に立っていた。
もう顔すら覚えていない。
子供を抱いて雪の中ずっと待っていたようだった。
そして体を張って馬車を止めた。
『総裁に会わせて下さい!』
アヤは窓を開け女を眺めた。
自分を見ているようだった。
だから無性に腹が立った。
世間を知らないから男にだまされ愛せない子供を生み捨てることになるのだと。
そう思った。
『死んだわ。自分で勝手に舌を噛んで。』
『え?』
女は門の中に入ろうとした。
『遺体はこちらで処分するそうよ。貴方、恋人?その子はあの男の子供?災難ね。でも、もう忘れなさいよ、あんなつまらない男。』
諦めよう、忘れよう、と言葉に出した自分がそこにはいた
「あの戦闘で組織は壊滅的被害を受けた。総裁は捕らえられ、俺は死の淵をさすらった。それでもお前を迎えに行こうとした。」
「でも来てくれなかったじゃない!貴方が来てくれていれば、あの子は手放さなかったわ。私だってこんなに後悔した日々を送らなくて済んだのに!」
「雪の日・・・。馬車にお前を探しに行った。もしかしたら待ってるかも知れないと・・・。けれど馬車の中にいたのは小さな赤ん坊だった。なんでかすぐにお前の子だと分かった。鼻の頭赤くして泣きじゃくる子を抱いて俺もずっと泣いた。寒いなか、ずっと待ってたあの子を抱きしめてずっと・・・。」
「じゃあ・・・あの子は生きてるの?」
「ハル・・・がお前の子供だ・・・。ずっとバネッサが、お前が門で突き帰した女が育ててくれた。自分の子供と隔てなくな。」
「あの子・・・が?」
あの少女を初めて館で見たときに何故か涙が出そうでずっと視線を反らしていた。
どこか若い頃の自分を見ているようだった。
もしあの子が生きていればこうなっていたかもしれないと。
けれど、その子が組織の人間と知ったとき許せなかった。
カイクと同じように一般人と偽り自分のもとへ姿を現した無神経さが許せなかった。
「あの子が・・・あんなに大きくなってたの?」
「ああ、あいつもあいつなりに色んなもの抱えて、考えてるんだろう。結構な問題児だ。」
「そこは・・・貴方に似たのね。」
アヤは少し笑みを浮かべ、涙を拭くと病室に戻った。