第53話 暗部の男
「んっ・・・。」
唇を合わせていると、ハルを抱える腕の力が強くなってゆく。
ハルもしっかりと暗部の服を掴んだ。
自分にかぶさっていた唇が少し開いて熱い舌がハルに入ろうとした時、何か気付いたようにハルは自分から飛びのいた。
「あっ・・・ごめん。」
何がといわんばかりに相手はハルを見た。
「ちょっとカッコよすぎ・・・。」
ハルは面を取った暗部の男を見て思わず顔を赤らめた。
そこには穏やかな青い目をした優しい顔があった。
思い出よりも少し輪郭はしまって男の顔つきになっていたが、初恋の人を見違えるはずはなかった。
「何でそんな私の理想のまま・・・?はあ、私トウヤ萌えかも・・・鼻血でそう。」
「何だよ、それ。」
トウヤはそう言って少し目を細めた。
「わ、喋った!ねえ、もっと喋って。ねえ、ねえ、ねえ!」
「・・・。」
「ねえ、ねえ、ねえ。」
「ウルサイ。」
そう言ってトウヤが一歩近寄るとハルは一歩下がった。
「何?」
「や・・・。私顔洗ってないし、お風呂も入ってないし、血ついてるし・・・。あの、あの、待って。」
トウヤは鼻で笑うとハルの手を握った。
「何処行くの?」
「そこの川。雨の後だけど、結構綺麗だった。」
トウヤの背中はハルが想像していたよりも広く、服を着ていても逞しい体が分かった。
ハルはそんなトウヤにしがみつきたい衝動をこらえるのに精一杯だった。
少し歩いたところで水の音が聞こえた。
「こんなところに川・・・結構綺麗・・・。」
目の前にある清流に足を浸すと、すぐ側で泳いでいた小魚がハルの気配に逃げていった。
「あ・・・冷たい。」
「もう冬に近いしね。」
「これで体洗うの無理だよ。冷たい・・・。ん〜。トウヤの魔法使っても意味ないよね。」
「そうだね。冷たい水かかるだけになるよ。あとで火にかけるか。あ、ここ、汚れてる。」
トウヤは微笑みながらハルの頬の汚れを手でこするとハルは顔を紅くして一度水に顔をつけ、そのままごくごくと水を飲んだ。
「はあ、水おいしい!」
トウヤも水を飲もうとして顔を水面に近づけた。
ハルはその背中を思いっきり押した。
冷たい水で上半身ベッショリ濡れたトウヤはハルを見据えた。
「へえ。そういうことするの。」
「や、冗談冗談。きゃっ!」
両手をトウヤに握られ、足をかけられたハルは逃げ場もなく下半身を水につけた。
「し、信じられない。」
ハルは浸かったままトウヤに水をかけた。トウヤは手を伸ばしハルにつかまるように顎で指示した。ハルは相手の表情を確認しながら起き上がろうとしたが再び手を離され尻餅をついた。
「もう!」
「ごめん。」
お互い笑った。トウヤと笑えることがハルには幸せだった。