第3話 廃寺
およそ百四十年前に遷都され近代都市基盤を整えた暁国王都。
一年半前、人口が二百万人を越えたと祝典が催された。
街は碁盤の目に作られ、大通りではいつも商人たちで朝からごった返していたが、今は暗殺が横行しているためか街の要所に検問がしかれ、警備の軍人が常に通りに目を光らせていた。
軍が捜しているのは『賓度羅跋羅惰者』。
暁国で秘密組織として百年以上前に創設された非合法の闇の組織。
独自に開発した武器、道具を使用し国内外問わず要人暗殺、諜報、密輸などを請け負い、その完遂度の高さから需要は非常に高かった。
またその組織から各地に派遣される『構成員』と呼ばれるエージェントたちは、幼い頃に親元から引き離され、人を殺しても動じぬ心、自らが傷ついても止めぬ攻撃といった専用の教育を叩き込まれていた。
彼らの姿を見た者はほとんどいない。見たとしても黒い何かが横切ったと答えるのみ。
軍人といえど彼らを捕らえるのは至難の業で、万が一捕らえられたとしてもその場で自ら死を選ぶ者ばかりだった。
この三人はそんな組織の最年少部隊『戒』の構成員であった。
三人は王都の西の外れまで歩くと比較的新しい寺院の門をくぐった。二十数年前に当時の有力貴族が私寺として建てた広大な敷地を持つ場所。
ハルが生まれた年にその貴族は没落した為に今は組織の管理となり、表向きは廃寺となっていた。
三人は裏口の前までくると、黒く重い鉄の扉の前で足を止めた。
「ちょっと待ってくださいねえ。」
ソウマはジャケットのポケットから鉄の鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み回した。錠の外れる音と共に扉が動いた。
「ああ、腹減った。今日の定食なにかなあ。」
「ええ・・・さっき、おかし食べてたよねえ。」
「あれは別腹。」
「女の子みたいなこと言っててもキモイだけだよ。」
地下へ伸びる石段をおりながらハルとルカは緊張を解き、再び会話を始めた。
開けた空間の中では黒い外套を着た人間が足音もなく歩いていた。
すれ違っても挨拶することはない。例え何年前からの顔見知りであっても相手の歳はおろか名前を聞くこともない。
「あ、メンター。ただいま。」
ハルは書類の束に目を通している長身の男を見つけると駆け寄った。目の鋭さと背中の歪曲具合がまるで黒豹を連想させるその男は書類から目を上げハルの頭をぐりぐりと撫で後ろの二人にも声をかけた。
「時間ちょうどだな。任務ご苦労。よし、お前ら座れ。次の任務渡すから。」
「もう任務かよ。飯食わしてくれよ。」
「私も・・・眠いよお・・・。」
君たちそれしか言葉知らないんですか?さ、行きましょう。」
三人は自室に戻ることなく三メートル四方の椅子と机しかない小さな会議室に入った。