第21話 訓練生 前編
『二六七・・・二六八・・・。・・・二六・・・。』
ハルの腕は痙攣を始める。
周りの四人は既に親指のみの腕立て伏せ四百回を終え休憩していた。このところ毎日そうだった。
ハルが十三歳になった頃、周りの男たちと体力面で差がつき始めていた。
『頑張れ!ハル!』
青い瞳の少年が隣から声をかける。
『さっさとやんねえとお前の昼飯食っちまうぞ。ほら!』
ルカは待ちくたびれたのか隣で腕立て伏せを再度始めた。
『くだらん。』
いつも一人だけそうだった。シギは誰とも仲良くしようとしなかった。
『女など強くなる意味はない。体が道具なんだからな。誰が筋骨隆々の女など好むか。』
『シギ!言いすぎですよ。』
『そうだよ!ハル、気にすることないから。』
『見れば分かるだろ。こいつには俺達を超える力もない。俺たちに勝てるとすれば男を落とすことくらいだ。』
シギはハルとトウヤが十歳の頃最後に訓練所に入ってきた。
それまで友好的だった四人の暮らしは変わった。
シギはことあるごとにハルに突っかかり、それを止めようとした誰かと喧嘩になった。
ハルは言い負かされ情けなくなって訓練所の武器庫の中でよく泣いていた。
『ハール。』
声がして慌ててハルは涙を拭く。
そこには青い目の少年が立っていた。
どこから調達したのかおにぎりを持って。
『トウヤ・・・。』
『また泣いてたの?』
『泣いてないよ。』
強気に言うと、トウヤは青い目を細めおにぎりを手渡した。
『おいしい。』
『だろ?ハルのおにぎり塩入ってないけど。』
『え?』
『涙味でよく塩効いてそうだし。』
『・・ぜんぜん塩なんてたりないもんね。』
正直辛い位だったがハルは素直にはならなかった。
『大丈夫だよ。ハル。心配しなくても。僕がハルの分まで頑張って仕事こなすから。ね?だから泣かないで。』
『大丈夫だよ!あたしも頑張るから!あたしだって仕事するもん!』
今までも生まれたときから側にいた双子の肩割れのような少年の優しい笑顔に救われてきた。
一緒に笑って泣いてきた。
ハルにとってトウヤという存在が大好きで大好きで何より大切だった。
『よし、ハルが泣き止んだところで稽古すっか!な。トウヤ!』
『ルカ!いつからいたんだよ!見てたのか?』
『俺に内緒でおにぎり食べやがって。まあ、いいや。ハル、食った分動いて取り戻すぞ!』
『うん!』
『そうそう、ハルは頭いいですね。トウヤは?ああ、あってますね。』
横でルカは二人の答えを覗き込みソウマはその頭を教科書で叩いて座らせる。
どんなところへでももぐりこめるように覚えさせられた勉強の時でもシギは兵法書しか読まなかった。
けれど、ハルは知っていた。
シギも血の滲む練習をしていることを。
己と戦いながら、たった一人で毎日稽古していることを。
知ったのは偶然だった。
夜、トイレに起きたとき、誰かが練習所で鞭をしならせていた。
『何だ見てたのか・・・。』
『皆でやればいいのに・・・。』
『馴れ合うことは必要ない。』
『何で?』
『変な情が湧く。』
ハルはまだこの頃組織の大人と子供五人しかいない暮らししか知らなかった。
人を殺すための武術、人を陥れるための勉学、それが当たり前なのだと思っていた。
そして任務で死ねば人は空で輝く星になれるそれしか教えられなかった。
けれどシギは別のことを知っている気がした。
『邪魔しないから、少し見てていい?』
『勝手にしろ。』